第310話 15歳のイングリス・王子と王子
アルカード王国内、リックレアの街跡そばの野営地――
カーラリアとの国境に布陣していたアルカード軍が、こちらに接近中。
それを率いるのはラティの兄、ウィンゼル王子だと言う。
現在のリックレアは、既にそこを支配していた天上人の脅威は去っている。
街は壊滅し、その跡地も『浮遊魔法陣』によって奪い去られてしまったが――
それでもこれからは、この地の解放を主導したラティ王子の下で、かつてのリックレアを取り戻すべく進んで行く。そんな状況だ。
決して、同じ国の軍隊に攻撃を受けるような状況ではない。
それなのに、ウィンゼル王子の部隊が向かって来るというという事は――
「ふえっくしょん!」
ラティは大きく一つくしゃみをした。
野営地の中の、仮に建てられた兵舎の一つ――
そこにラティやプラム、騎士隊長のルーイン、レオーネ、リーゼロッテが集まって対応策を検討していた。
「ラティ、大丈夫ですか? お鼻が出てますよ? ほら拭きますからじっとして下さい」
「い、いいよ自分でやるから――!」
「ラティ王子。御身は大切なお体です、くれぐれもご自分を労わって頂きますよう」
ルーインがそうラティに進言する。
「ああ、だけどこんな時だからな……」
「こんな時だから、です。相手方の狙いは間違いなく御身。それに万一の事があってはなりません。それが、皆の不安に繋がりかねませんので――」
状況は、ルーインの言う通りだ。
アルカードの国を外敵から守るために軍が動くような事態は過ぎた。
天上人は去り、国境近くまで出張っていたカーラリアの軍も撤退に入った。
これからは、アルカードの人間同士の争い――
ラティ王子とウィンゼル王子の、権力闘争による内紛。
はたから見れば、そう言われてしまうであろう事態である。
ラティは大きくため息をつく。
「ったく、こんな時に兄貴のヤツ……! こんな事するような人じゃなかったのに――」
それを聞きながら、レオーネに対しリーゼロッテが耳打ちをする。
「レオーネも、体調にはお気をつけなさいませね?」
「? ええ――」
レオーネとしては、そう言われる覚えもなかったのだが――
リーゼロッテが自分を気遣ってくれるのは有り難いので、頷いておく。
「ほら、夜中にも森で訓練なさっているでしょう? 竜の力――竜理力をより使いこなす訓練ですわよね? 竜の咆哮が遠くから聞こえてきましたもの」
「え――?」
確かにレオーネの魔印武具には、イングリス曰く竜理力という竜の力が宿っているようだ。
それは、幻影竜という半実体の竜の眷属を生み出す力で、それを使うと幻影竜は大きな竜の咆哮を上げる。
が――イングリスとラフィニアが、蘇った虹の王と戦うラファエルの救援に向かって三日、特にレオーネは夜中の訓練などはしていなかったのだ。
自分自身は夜中に目覚める事もなかったため、詳細は分からないが――
「リーゼロッテ、それって――」
何か尋ねる前に、宿舎の入口の扉が開く。
「ラティ王子! ルーイン殿! ウィンゼル王子より、返書を頂いて参りました!」
それは、こちらへ向かうウィンゼル王子の部隊へと差し向けた使者役の騎士だった。
ルーインの提案で、このリックレア方面に行軍してくる意図と目的とを問う書簡を送ったのだ。同時にアルカードの王都へは、現在の内戦一歩手前の状況を報告する書簡も送っている。
「ご苦労さん、ありがとうな。じゃあ、見せてくれ――」
ラティは騎士を労いながら返答の手紙を受け取る。
目を通して行くと、その表情は曇る。
そして怒りと悲しみが同居したような、複雑な表情になり――
「ふえっくしょん! くそっ……!」
「どっちにですか? くしゃみか、手紙の内容か――」
プラムはそう言いつつ、ラティの鼻を拭こうとする。
「どっちもだよ! ってかそれはいいって……! 自分で拭くからさ――!」
「ははは――」
「お仲がよろしいですわね――」
レオーネとリーゼロッテとしても、それは微笑ましいのでいいのだが――
今気になるのは手紙の中身だ。
「王子。手紙を拝見しても?」
「ああ。読んでくれ――」
ルーインはラティから手紙を受け取り、それをレオーネ達にも聞こえるように伝えてくれる。
「……なるほど、現在のリックレアはカーラリア側に内通したラティ王子がアルカードの土地を切り売りしたもので、実態は解放ではなく不当な占拠に過ぎない。真にリックレアの解放を為すのは自分達だ――と。虚実が入り混じっており、尤もらしくはなっていますね」
「そんな――! レオーネちゃんもリーゼロッテちゃんも、ここにいないイングリスちゃんもラフィニアちゃんも、みんなリックレアの人達のために、あんなに一生懸命になってくれたのに……! ひどい――!」
プラムが怒りを露にする。
「だけど、私達がラティ達に協力してアルカードに潜入したのは事実だし、それを内通と言えば内通よね。不当な占拠はちょっと心外だけど――」
「事を為す名分に関してはお互い様、という事でしょうか――ルーイン様、先方から何か要求はございますの?」
「ああ。カーラリア騎士は即座に国外退去。ラティ王子は国外追放――リックレアの土地の引き渡し……」
「それは――どうなのでしょう、もしかしたら――」
と、リーゼロッテは何か含みのある物言いをする。
言いたいことはレオーネにも分かった。
――要求通りにするのも、一考の余地があるかも知れない。
カーラリアの騎士、つまりレオーネとリーゼロッテが国外退去する事は、何ら問題ない。元々事が済めば帰還する予定だ。
もう一つ、ラティの追放――
だがこれは、一旦は要求を受け入れておいて、後でアルカード王に処分を取り消して貰うという道もあるような気がする。
あくまでもウィンゼル王子の要求であり、王命ではないのだから。
既に事情を説明する書簡は出しているし、ラティはアルカード王の実子でありウィンゼル王子は養子だ。
事情を知った王は処分を取り消し、ラティがアルカードに戻れるように取り計らってくれるだろう。
「ええ、もしかしたら罠かも知れないけど……」
それがこちらを油断させる罠で、安心したラティを暗殺するという線は考えられるが、そこはレオーネとリーゼロッテの出番だろう。
迫ってくるアルカードの軍隊と戦うよりも、悪くてもラティを暗殺者から守る方が、最終的な犠牲は少なく済むような――そんな気もする。
だがルーインは、そんなレオーネとリーゼロッテの考えをひっくり返す一言を発する。
「それから最後にもう一つ――プラム殿の身柄の引き渡し……条件は以上になる」
「「!」」
プラムの兄ハリムは天恵武姫のティファニエの元に下り、このリックレア周辺を荒らしに荒らしていた。
元々は将来を嘱望される行政官であり、この国の大臣の子息であり――
それだけに裏切りの衝撃は大きく、買った憎悪もまた大きい。
プラム自身に罪はないが――人々の怒りのやり場は必要。そういう事だろう。
それだけに、要求は受け容れられない。
「前言撤回ですわ。徹底抗戦します!」
「私も――! 要求は受け入れられないわ!」
「で、でも……私の事を除けば、悪くな――っ!?」
「お前は黙ってろ……! それはもう散々やっただろーが」
ラティに手で口を塞がれて、プラムはもごもご言っている。
「ええ、そうですわ」
「いいわよ、ラティ!」
プラムは自分を引き渡せば――と言いたいのだろうが、それは無い。
でなければラティは、この野営地に集まっている人々の前で、プラムを后にするなどと宣言しなかっただろう。
あれはレオーネ達は、正直言って感動した。
だからラティの決定を尊重する。それだけだ。
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