第309話 15歳のイングリス・従騎士と騎士団長19
アールメンの街――
街は夜に眠る事無く、極度の緊張と喧騒に包まれていた。
「急げーーッ! 間も無く敵の集団がここに現れるぞ! 配置に着けーーッ!」
「地下坑道への入り口は全開放! いつでも迅速に退避可能な状態にしておけッ!」
アールメンの街は、元々虹の王が氷漬けの状態で安置されていた場所だ。街の造りは、それを前提に整備されている。
街の地下坑道もその一つだが、今回の戦いに備えてそれをさらに拡張。食料などの物資も運び込み、地下要塞化してある。
先代特使ミュンテーや、現在のセオドア特使の時代になってからは、カーラリアの軍に機甲鳥や機甲親鳥が普及し始めているが、まだまだ全てに行き渡る程ではない。
地上のみの部隊が広範囲に渡る攻撃から身を隠しながら戦うことが出来るように、という意味での準備である。
虹の王を迎え撃つべく、慌ただしく地下坑道から飛び出して、配置に向かう騎士達――
そんな鬼気迫る様子を、ユアはぼーっと眺めていた。
街の中で一番背の高い建物の屋根の端にちょこんと座り、足をぶらぶらとさせながら。
ここは元々虹の王が安置されていた建物らしい。
そういう場所で寛ぐのはどうかと言われたが、ユアはこの場所が好きだった。不思議と落ち着くのである。
暇さえあればここでサボっていて、今もサボっている。
「おーい! ユアー!」
そんなユアの名を呼ぶ声が聞こえる。
こちらに近づいてくる機甲鳥からだ。
「モヤシくん――なに?」
騎士アカデミーの同級生のモーリスだった。
ユアにとって数少ない友達のうちの一人である。
「なに? じゃないだろう! この騒ぎが目に入らないのか!? 虹の王が来るんだ!」
もう一人、別の機甲鳥に乗って来たシルヴァが、ユアを怒鳴りつけた。騎士アカデミーから来た生徒達も集合がかかったが、ユアが来ないのでモーリスに居場所を聞き迎えに来たのだった。
「メガネさん――ごめんなさい。ここ、気持ちいいから――」
「……全く君は大したものだよ。この状況で何も恐れず、全くいつも通りにしていられるんだからな――!」
「――褒められた。あざっす」
「褒めてなどいないっ! 皮肉を言っているんだ!」
とはいえシルヴァの本音を言えば、半分褒めているのは確かだった。
皆が恐れを押し殺して虹の王との戦いに臨もうとする中、ユアだけは泰然自若でありいつもと変わりがない。それは見事だと言えるだろう。
「やれやれ、お前を見てると何とかなりそうな気もして来るよ、全然ビビってないし」
モーリスはふうとため息をつく。
「ビビる必要ない。そんなに怖くない――よ? 感じるから――」
「……とにかく集合だ! 校長先生の所へ行くぞ! モーリス君の後ろに乗せて貰え!」
「ういす」
ユアはひょいとモーリスの機甲鳥に飛び乗った。
「よし、行くぞ――!」
シルヴァが先導し、街の東側の防壁沿いへと進路を取る。
風を切りながら街の上空を進む中――
「む――! 来たぞ、魔石獣の群れが見える――!」
シルヴァの言う通り、東の空に飛鳥型の魔石獣の一団が姿を現し始めていた。
その事を一早く地上に展開する騎士達に伝えるため、シルヴァは声を張り上げる。
「皆さん! 東から敵影です! 飛鳥型の魔石獣の群れが多数! ですが一部は何かを足に掴んで抱えて……! あれは――ひ、人型……! 人型の魔石獣です――!」
「ひ、人型の魔石獣……!?」
「何だそれは――!?」
「そんなものが――!?」
シルヴァの呼びかけに、地上の騎士達に動揺が広がる。
失敗だったかもしれない――が、嘘を言うわけにもいかなかった。
獣人種の魔石獣は依然目にしたことがあるが、それは雰囲気が違う。
それにもう全滅して、二度と現れる事は無いはずだ。
ならばあれは何だ――?
虹の王はその存在自体が虹の雨のような効果を持ち、周囲の生き物を魔石獣化してしまう。
天上人は虹の雨への抵抗力が弱く、その影響を受けてしまうというから、天上人が変わってしまったものだろうか? しかしそれにしては、数が多すぎる――
あんなに大勢の天上人が、虹の王に近づこうとするはずが無い。
彼等は虹の雨や虹の王の脅威を避けて安全に暮らすために天上領にいるのだから。
「し、シルヴァ先輩……! あれは一体……!?」
「分からない――! とにかく、校長先生に……!」
シルヴァ達は東の防壁上空に位置する騎士アカデミーの機甲親鳥へと急ぐ。そこにミリエラ校長がいて、生徒達を指揮していた。
「校長先生!」
「あ、シルヴァさん! ユアさんを連れて来てくれましたね、ありがとうございます!」
「それよりも校長先生――! あの人型に見える魔石獣は何ですか――!? 天上人があんなにも多く巻き込まれたとは思えませんし、獣人種の魔石獣も全滅させたはずですが――!?」
「分かりませんが、今それを考えている余裕はありません! 魔石獣は魔石獣です! 迷わず迎撃を!」
ミリエラは厳しい表情でぴしゃりと言い放つ。
「し、しかし先生――」
そうシルヴァが言った時――
朝靄のなものが急速に周囲に満ちて行くのを感じた。
それは幽かにキラキラと、虹色の輝きを帯びていて――
「な、何だ……!?」
「こいつ、虹の雨に似てやがる――!?」
地上部隊の騎士達から声が上がる。
「警戒しろ! 周囲の小動物が魔石獣化するかも知れんぞ――」
そんな中で――
「うぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
一人の騎士が、悲鳴を上げて倒れ伏した。
そしてそのまま、その体が変貌していく。
見る見る体が肥大化して大きくなり、鉱物のように固い外皮に覆われ、体のあちこちに宝石のような輝きが――
「ま、魔石獣化……!?」
「そんな馬鹿な――!? 人が魔石獣に変わるなど――!?」
シルヴァの抱いた危惧は誤りではなかったのだ。
目の前で見たのだ。決して見間違いなどではない。幻でもない。これは現実だ。
そして声を上げたのは、その騎士一人ではなく――
「う……!? うあああぁぁぁ熱い! 虹の粉薬がッ!?」
ユアを後ろに乗せ機甲鳥を操縦していたモーリスが、体を震わせて苦しみ始めたのだ。
服の裏側に何か隠しているのか、胸元が激しく虹色に輝いていた。
「モーリス君! 何かは分からないがそれを捨てろ! 危険だ――!」
しかしシルヴァの言葉は間に合わず、機甲鳥は制御を失い墜落する。
「……っ!?」
ユアは船体から飛び降りて着地して事無きを得た。
しかし、モーリスは船体と共に地面に衝突して止まり――
先程の騎士と同じく、見る見るうちに体が変質して行く。
「モヤシくん……?」
ガアアアアァァァァッ!
ユアの呼びかけに、モーリスは言葉にならない言葉で応じた――
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