第306話 15歳のイングリス・従騎士と騎士団長16
「国王陛下――!」
「……それがイングリスの望みであろう? ならばそう致そう。また危地を救って貰ったな。世話になった――」
カーリアス国王はそう言って、イングリスに頭を下げて見せる。
「勿体ない――当然の事をしたまでですので、わたしに礼など不要です」
イングリスは淑やかに頭を垂れ、カーリアス国王の前に跪く。
「「「さすがはイングリス殿……! 何と奥ゆかしい……!」」」
「「「そしてお美しい……!」」」
「お見事でした、イングリス殿っ! 元々感服しておりましたが、我々一同、より一層深く感服いたしましたぞ――!」
レダスの言葉に、近衛騎士達がうんうんと強く頷く。
そんな様子の彼等をよそに――
「……そうよね――『あ、何か強そうな敵がいる! やったあ! 戦いたい! ジャーンプ!』だったもんね……好きなように暴れただけの子にお礼はいらないわよね――」
すっとイングリスの隣にやって来たラフィニアが、ぼそりと呟いた。
「しっ……! ラニ――! それは言わない約束だよ――」
イングリスはラフィニアを小声で制止する。
通りがかりに幸運にも強敵がいたのなら、戦うのみ。当然の事である。
当然の事を当然のように行っただけなので、特に礼は必要ないのである。
が――その行動をどのように他者が受け取るかは自由。
愛国心や忠誠心のためと捉えて頂いても構わない。
結果が同じならば特に問題は無いだろう。そう言う事だ。
「……? どうか致したか?」
「いえ――! それよりも、止むを得ず城壁や運河を破壊してしまいました事を謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
「詮無きことよ――不問に致す。よくやってくれた」
カーリアス国王はイングリスに深く頷く。
「北のアルカードでの活躍も聞き及んでおる。我としてはそなたの武功に何か報いたいと思うのだが――何か望みはあるか?」
「……でしたら、この方には体が治り次第またわたしと戦わねばならないという刑罰を与えて頂くというのは――」
北のアルカードでは、様々なものを得ることが出来た。
新たな力である竜理力。
イングリスの霊素を最大限に活用できる器である竜鱗の剣。
神竜の肉は極上の美味であり、万病に効く霊薬でもある。
が――イングリスが唯一得られなかったもの。
それはいつでも好きな時に手合わせできる相手である。
イアンを複製していたイーベルの技術を突き止めて自分を複製したり、神竜フフェイルベインそのものを連れて帰って来ることが出来れば良かったが――
イーベルの技術が隠されていたはずの機竜はフフェイルベインと融合して機神竜となり、天上領に去ってしまった。
せめてどちらかでも確保できていれば良かったのだが――というわけでやはりいつでも好きな時に戦える手合わせ相手は必要なのである。
ぎゅうううっ!
横から耳を引っ張られる。
「こらクリス……! 何を馬鹿な事を言ってるの、そんな事したら可哀想でしょ……! 折角助かったのに、死ぬより辛い罰を与えてどうするのよ……!」
「い、いたいいたい……! そ、そんな事ないよ、これは常にお互いを高め合おうっていうすごく生産的で神聖な試みで――だからきっと喜んで貰える……」
「いや、美人に折檻されるのは嫌いではないが――永遠にそれを繰り返されるのは願い下げだなァ。ならば、一思いに処刑して頂きたい所だよ」
「ほら嫌がってるじゃない! そんなの魔石獣だけにしときなさい! とにかくダメだからね! 分かった!?」
「うん、分かった!」
「? いやに返事いいわね……」
「だって魔石獣なら飼っていいんでしょ?」
ならばロシュフォールは諦めて、そうするまでである。
「ダメに決まってるでしょ! 止めなさい!」
「えぇ……!? 今いいって言ったのに――!? ずるいよ、ラニ……!」
「それとこれとは別! とにかくダメ! ダメダメ! 分かった!?」
「ううぅ……」
イングリスを嗜めるラフィニアに、アルルが深く頭を下げていた。
「あ、ありがとうございます……!」
「いえいえいえ、どういたしまして。それより、うちのクリスが馬鹿な事を言ってごめんなさい。まずはお二人が元気になる事だけ考えて下さいね? きっと大丈夫だから――」
ラフィニアはそう笑顔で応じてから、あっと何かに気が付いた顔をする。
そして深々と、カーリアス国王に頭を下げる。
「す、済みません国王陛下……! あたしったら勝手に色々言って――」
「いや、構わぬ――では、誰かこの者が療養できる場所を。ヴェネフィクの天恵武姫よ。監視と拘束はさせて頂くが、異論は無いか?」
「は、はい……! ロスを助けて下さり、心より感謝します――」
アルルはカーリアス国王に深く深く首を垂れる。
「ふふん……涙ぐましいよ、カーリアス国王陛下――自分を瀕死に追い込んだ敵国の将を助命頂けるとはなァ。あなたも相当イカレてるなァ?」
ロシュフォールはカーリアス国王に皮肉っぽい笑みを向ける。
しかし、カーリアス国王は皮肉や挑発の類には全く動じない性格である。以前王宮を訪れたイーベルがどれ程屈辱的な挑発をしても、最後まで耐え抜いていたのだ。
それに比べれば、ロシュフォールのこの発言は可愛いものだったかもしれない。
「ふむ――それは、この娘を騎士団長に据えようとするのとどちらが上であろうな?」
ニヤリとした笑みをロシュフォールに返していた。
「クククッ……なるほど、可愛いものだったかも知れんなァ。これは失礼――」
「――では、連れていけ」
「「「ははっ!」」」
レダスや騎士達が頷いて、ロシュフォールとアルルを連行して行く。
「――なるほど、クリスを騎士団長にするって言うのは、自分が殺されかけるくらいやばい事だってわけね――さすが国王陛下はよく分かってるわね……」
ロシュフォールとアルルの後姿を見ながら、ラフィニアが呟く。
「失礼な。わたしは国王陛下と手合わせしてもちゃんと大怪我しないようにするし――」
「いや、そういう問題じゃないでしょ――」
そう言い合イングリスとラフィニアに、カーリアス国王が呼びかける。
「ラフィニアよ――」
「へ……? あ、はい――!」
カーリアス国王に直接名を呼ばれるのは初めてだったので、ラフィニアは少々吃驚していた。
「そなたも我の命を救ってくれたな。これで二度目だ。礼を言わせてくれ――」
「い、いえ――クリスも言いましたけど、当然の事をしただけです……! あたし達の国王陛下だもの――!」
畏まって背筋を伸ばすラフィニアを、カーリアス国王は微笑ましそうに見つめていた。
「そなたは何か望みはないか? その功績はイングリスに劣らぬものよ――」
「いえ……! クリスもですけど、あたしも別にゃ……!?」
むにっ!
イングリスがラフィニアの唇をつまんで塞いでいた。
「にゃにゅしゅりゅにょよ、くるる~!(何するのよ、クリス~!)」
「望みはあります――! ラニは言えないみたいですので、わたしが代弁しますね?」
イングリスはにっこりと笑顔を浮かべて、そう言った――
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