第302話 15歳のイングリス・従騎士と騎士団長12
イングリスは気を取り直し、ロシュフォールとアルルの方に目を向ける。
「――そちらは如何ですか……?」
「い、頂いた肉は食べさせました……! でも、他に治癒のできる魔印武具もあるのなら、出来ればそちらも……!」
アルルは必至な様子で、イングリスに訴えかけてくる。
「そうですね。効果の程は、分かりませんが――」
あのラフィニアの奇蹟は、あくまで外傷つまり怪我を治癒させるもので、病気にまで効果が及ぶものではない。
カーリアス国王の場合は、戦闘による怪我が重傷だったため、両者の併用が相乗効果になったが――ロシュフォールの場合には、奇蹟効果は薄いかもしれない。
が、心からロシュフォールを案じている様子のアルルの気持ちはよく分かる。
「少し待ってて下さい――! すぐにそっちにも行きますから……!」
カーリアス国王を診るラフィニアが、アルルに呼びかける。
「は、はい……! ありがとうご――」
その言葉をかき消すように――
「いらあぁぁぁぁンッ!」
アルルの膝に頭を預けていたロシュフォールが、がばっと勢い良く身を起こす。
「クックククク……! 待たせたなァ、さぁ約束を果たそう――戦いを続けるぞッ!」
「ええ。ありがとうございます」
イングリスはにっこりと笑顔で頷く。
「ま、待ってロス……! まだほんの僅かに回復しただけでしょう――無理せずに回復を待って……!」
「そんな悠長な事を言っていられるかッ! 俺達には時間が無いのだよ……!」
「その通りです、早くしないと間に合いません――」
二人して時間が無いというロシュフォールとイングリスに、アルルは理解が出来ず困惑した表情を見せる。
「え――? 時間なら回復すれば沢山あるでしょう? 何でそんなに急いで無理をして……! これだけの効果のある薬なのだから、もう少し待てばもっと……!」
「そう、素晴らしい霊薬だよ。死体に等しい体に、徐々に活力が戻ってくるのが分かるよ――このままいけば私の体は回復するだろう。そして――そうなればもう、長くお前を使い続ける事は出来ん……ッ!」
「ええ、あなたの体の状態と、そんな状態でも戦えてしまう強靭な精神力が為し得た奇跡でしょうね。蝋燭の最後の一瞬のゆらめきのように――」
「あ――そ、そうだわ……逆に回復し過ぎてしまえば……! 私がロスを――」
今度は天恵武姫が天恵武姫本来の機能を果たす事になる。
つまりロシュフォールの生命力を吸って投げ捨てて死に至らしめる。
こればかりはロシュフォールの体が病気だとか、重傷を負っているというような話ではないため、神竜の肉を食べた所で止められはしないだろう。
「残念な事ですが――下手に回復を待てば、そうなるでしょうね」
イングリスとしても、流石に相手が命を失うのが分かっていて戦い続けろと要求する事は出来ない。
多少気が引けるし、何よりも勿体ない。であれば天恵武姫を使わずに、何度も手合わせして貰った方がいい。
天恵武姫を使わずとも、ロシュフォールほどの強者は中々出会えるものではない。間違いなく聖騎士に――ラファエルに匹敵する力の持ち主である。
流石に霊素の戦技と竜鱗の剣を全力で振り回すような戦いは控える事になってしまうが、それでも手合わせ相手としては十分だ。
が――今この瞬間、ロシュフォールの体が回復し切らず天恵武姫の機能をすり抜ける僅かな間だけでも全力の戦いを続けられるなら、それをしない理由は無い。この僅かな時間を、神竜の肉という対価で買ったようなものだ。
「さぁ時間がありません……! 早く先程の盾に戻って下さい! 早く早く早く……!」
「そう言う事だ、アルルッ……! 早くしろォ――!」
二人に急かされるアルルが、露骨に困惑した表情になる。
「ま、待って――! でも、もういつ私がロスを――それなのに、き、危険だわ……!」
「いいえ、あなたにはその兆候は分かるはずですよ。分かりますよね?」
北のアルカードで戦った天恵武姫のティファニエは、使用者から流れ出す生命力を知覚していた。
そしてその流れが止まる事を、すなわちイングリスが力尽きる頃合いだと判断していた。同じ事は同じ天恵武姫のアルルにもできるはずだ。
「よ、よく――分かりません……! 天恵武姫になって、変化して使って貰うのは、まだ二人目だから――」
アルルは怯えたように首を振る。
「なるほど――そうですか」
アルルは天恵武姫としての経験は比較的浅い――という事のようだ。確かに、長期戦は出来ずに使い手は力尽きるわけだから、最初のうちは使われている天恵武姫の側も、何が起きているかよく分からないのかも知れない。
天恵武姫と言えども初めから天恵武姫であったわけではなく、元は地上に生きていた人間の女性達である。
それを明確に認識していたティファニエは、天恵武姫としての経験が長いのだろう。恐らくエリスやリップルもそうだ。
彼女達は天恵武姫が使い手に与えてしまう影響と、その悲哀をよく分かっている様子だった。
過去にどんな事があったか、根掘り葉掘り聞くつもりは無いが――きっと様々な経験をして、沢山傷つき、悲しみ、だからこそそれらの繰り返しを破壊しそうなイングリスに期待をかけるのだ。
こちらとしても、強い敵を優先して貰えて有難い限りである。
「落ち着いて意識を集中すれば、きっと大丈夫ですよ。先程までと違う流れを感じたのなら、それが終了の合図です。さあ、勇気を出して――」
「そ、そんなに簡単に言わないで下さい……! 折角助かったのに、ロスに何かあったら私は……! そ、そうまでして戦わなくても……!」
「文句を言う筋合いではないなァ、アルル……!」
ロシュフォールがそう言って、アルルを制する。
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