第300話 15歳のイングリス・従騎士と騎士団長10
イングリスはそちらへ向けて、すたすたと歩み寄る。
「勿論承知しています――ですから、休憩をと言っています」
「……?」
「ラニ――! お願い、あれを持って来てくれる?」
「う、うん……! 分かったわ――!」
ラフィニアが持って来てくれたのは――美味しそうに焼けた神竜の肉の串焼きである。
「これは神竜の肉です。その秘められた強靭な生命力は、万病に効く霊薬にもなり得ます――ほら、見て下さい」
イングリスの視線の先には、レダスらに介抱され、城壁を背に座っているカーリアス国王の姿だ。瀕死に近い重傷だったが、もう意識を取り戻すまでに回復している様子だ。
ただ美味しいだけではなく、神竜の肉にはそういう効能もあるのだ。
良薬口に苦しとは言うが、神竜の肉に関してはそれが当てはまらない。
流石は元々この世界の者ではないと言われる竜の、それも最高峰の神竜の肉。
この世界の常識など通用しないのである。
「……! 大将首を挙げ損ねたという事――か……」
「それはまだ分かりませんが――さ、これをどうぞ? お食べになって下さい」
「情けをかけるつもりかァ……その代わり戦いを止め、降伏しろとでも――」
そんなつもりは毛頭ない。無いのだが――
バシュウウゥゥンッ!
ロシュフォールの黄金の盾が白く輝き始め、人型の影となって行く。
リップルと同じような、獣の耳と尻尾を持つ獣人種の女性だった。
見た目の年齢もリップルと同じ程度の、二十前後と言った所だが――
受ける印象は好対照で、大人びた淑やかさを漂わせている。
この女性があの盾の天恵武姫――
彼女は必死の形相で、ロシュフォールに訴えかける。
「ロス――! も、もう止めましょう……! あなたが助かるのなら、私は……!」
そんな彼女を、ロシュフォールは睨みつけ――
「「誰が戦いを止めると――っ!」」
イングリスとロシュフォールの台詞が重なる。
「言ったあぁぁっ!?」
「言いましたかっ!?」
言葉尻こそ違えど、言っている内容としては全く同じである。
「え、ええぇ……っ!? あ、あなたはロスを助けようとしてくれているのでは……?」
天恵武姫の女性にとって、ロシュフォールは良く知った間柄。
こう提案されて、素直に言う事を聞かないのは想定内だったようだが――
イングリスにまで同じことを言われたのは、驚いた様子だった。
「ええ、仰る通りですが?」
「では、戦いを止めるべきでは――? 命を救う代わりに、降伏を促しているのでしょう?」
「そんな事をして何になります?」
「な、何って……? あなた方が勝って、戦いは終わって危機が去って――」
そう言う天恵武姫にの女性に、イングリスは静かに首を振る。
「そんな事を、わたしは望みませんが?」
「……!? で、では何を――?」
「これを食べて、戦いを続けましょうと言っています。降伏などとんでもない。そんな事をされては困ります――」
「……! あなたは……!?」
「敵に塩を送る――と言う事かァ……っ!?」
そう呻くロシュフォールはもう、かなり辛そうだ。
早くしないと手遅れになりかねない。
「いえ、そのような恩着せがましいものではありません。それは本当に見返りを求めない善行でしょう? わたしは見返りを求めます。あなた方と本気の手合わせを、心行くまで楽しむという見返りを――」
体験に対価を払うというのは、何も可笑しくない一般的な行為だろう。
騎士アカデミーに授業料を納めて訓練を受けるのと同じだと言える。
今回はその相手が敵国の聖騎士と天恵武姫であり、提供してもらう対価が全力を尽くした手合わせの機会だという事だ。
「ですからどうぞ、受け取って下さい? すぐに動ける程度にはなるかと」
「ハッハハ……! イカレてるなあァ……!? 君は――! このまま私を殺しておけば何も面倒は無いものを、自分が戦いたいからという理由だけで、この死体を引きずり起こしてまた殴ろうとするか……! その酔狂が君の国を亡ぼすかもしれんのだがなァ……!?」
「最終的に辻褄が合っていれば、少々自分が楽しんでしまってもよいかと――きっと大丈夫ですよ?」
自分が勝てば何も問題は無い。そして負けるつもりはない。だから大丈夫。
イングリスはたおやかな笑みを浮かべて、そう応じた。
「――ホントにそうだといいけど、はぁ……」
聞いているラフィニアは一つ大きく深いため息をつく。
「あ、ラニ――だ、ダメじゃないよね? いいよね……? ほら、力も出し切れないまま終わるなんて可哀想だし、武士の情けというか――」
「……複雑ぅ。確かに病気でなんて、気の毒な気もするけど――ね。本当ならお肉をあげて、その代わりに降伏して貰うのが一番だと思うの」
「わ、私もそう思うのですが……」
ラフィニアの言葉に、向こうの天恵武姫も頷いていた。
「そんなのダメだよ、ラニ――! それじゃダメ……!」
「アルル! つまらん事を言うな……ッ!」
アルルと呼ばれた天恵武姫を窘めたロシュフォールは、血で汚れた口元をにやりと歪め、イングリスに応じる。
「ククク……! いいだろう気に入った……! 食ってやるぞォ――! 貸せッ……!」
「はい、どうぞ――美味しいですよ?」
ロシュフォールは肉を受け取り、口に運ぼうとするが――
その手はかなり震えており、串が滑り落ちそうになる。
口だけは威勢がいいが、もはやそれ程弱っているという事だ。
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