第297話 15歳のイングリス・従騎士と騎士団長7
「余裕ぶっている場合かなァ!?」
ヒイイィンッ! ヒイイィンッ!
イングリスの胸元を狙って、追撃の二射が迫る。
大きく姿勢の崩されたこの体勢から、先程と同じように迎撃することは難しい。
そもそも、十分な姿勢から受けたにも関わらずあれだけ剣を弾かれたのだ。
ここは、別の対応を取る必要がある――
「はああぁぁぁっ!」
イングリスは後ろに仰け反った勢いをそのままに、後方に宙返りをしつつ迫って来る光線を蹴り上げる。
ドガッ! ドゴオオォォォッ!
がくんと綺麗に角度を変えて、閃光は真上に昇って空に消えて行く。
「何っ――!? 剣で弾き損ねていたものを――っ!?」
実は、それほど難しい話でもない。
最初の一撃は、普段から修行のために自らに施している超重力の魔術の負荷を解いただけの状態だった。
それで剣が圧されてしまったため、霊素殻を発動して盾の閃光を蹴り上げたまでだ。
出来れば霊素殻を使わずにもっと挑戦してみたかったが――
弾き損ねた閃光の威力は見ての通りで、余り長く粘っていると城が無くなってしまいかねない。下手をすればラフィニアを巻き込む恐れもあり、そこは諦めざるを得なかった。
とは言え蹴りで弾いた追撃も、微妙に弾き返す狙いは外れているし足に少々の痺れも残っている。まだまだこの先も楽しめそうだ――
「次は、剣でも弾いて見せます――もう一度お願いします……!」
イングリスは再び竜鱗の剣を構える。
先程盾の閃光を正面から受けて弾いたのに、その刀身には微塵の綻びも見られない。
あの光は単なる魔素の閃光ではなく、疑似霊素による霊素の戦技に近い水準のもの。
言わば霊素穿や霊素弾に近い技だ。
それを受けて、刀身に傷一つ無いという事は――
霊素殻を発動した全力にも、耐えてくれる可能性がある……!
「ならばお望み通りにっ! サービスもつけてなァ! 礼はいらんぞおォォッ!」
ロシュフォールが構える盾には、六つ程の宝玉が散りばめられている。
その全てが輝きを増し――先程の光線を生み出した。
一つ一つの宝玉を砲門と見立てるならば、その全てを動員した一斉射だ。
六筋の光がイングリスの頭、胸、右肩、左肩、右脚、左脚をそれぞれ撃ち抜くように微妙に角度を変え、高速で押し寄せて来る。
「いいえ言わせてください――ありがとうございます!」
あの威力の光線を六連射――
これほどの攻撃、なかなか受けさせてもらえるものではない。
避けるのは勿体ない。真正面からこの威力を堪能させてもらう!
「はああああぁぁぁっ!」
イングリスは向かい来る六連射に踏み込み、右から逆袈裟に剣を振り上げる。
ガインッ! ガインッ! ガイイィィンッ!
右脚、胸、左肩を狙った閃光が斬撃に弾かれ、空に撃ち返される。
――が、残りの半数はイングリスのすぐ目前に迫っている。
長大なこの竜鱗の剣を再び振り抜いて弾くには、いくら霊素殻の状態だからとは言え、間に合わない。
「無駄だなァ!?」
ロシュフォールがニヤリとした瞬間――
「そうでも……!」
イングリスは逆袈裟に剣を振り上げた勢いを利用し、後方に宙返りをする。
その跳躍の速度と距離により、光線との間合いが少しだけ開く。
だがその少し、一拍は――再び斬撃を繰り出すのに十分な時間だ!
「ありま……!」
ガインッ! ガイイィィンッ!
今度は左から逆袈裟の斬り上げが、左脚、右肩に向かう閃光を弾き返す。
同時に再びイングリスは勢いを利用して後方に宙返り。
着地をすると――最後の頭に飛んでくる閃光に真っ向から突きを打ち込む。
「せんよっ!」
ガイイイイイイィィィィィンッ!
最後の光も一番大きな音を立て、空へ向かって飛んで行く。
「ほおぉぉぉう――素晴らしいなあぁァッ!? まるで君とその剛剣がダンスを踊っているようだよ。何とも可憐な――」
ドガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァンッ!
ロシュフォールの背後の方向から、巨大な爆音と閃光が轟く。
「何――ッ!? 何の騒ぎだ――ッ!?」
振り向くロシュフォールの目に入ったのは、部隊の母艦であるヴェネフィク軍の船が、機関部を炎上させている姿だった。
イングリスが打ち返した閃光が、飛空戦艦の機関部に着弾したのである。
制御不能となった戦艦は、ボルト湖から引いた大きな水路に不時着して行く。
あの様子なら、爆発四散するような事は無い――と思いたい。
「おおおおおおおぉぉぉっ!? あ、あんな所を狙っていたとは――!?」
「す、凄い……! 前も見たが、やはりこの娘は桁が違う……っ!」
「さ、流石ですぞイングリス殿ーーっ! 正直動きは早過ぎて見えませんでしたが、その強さ! お美しさ! 見ていて震えが止まりませんッ!」
レダスが上げた歓声に、周りの騎士達もうんうんと強く頷いていた。
「ははは……近衛騎士団の人達って、みんなクリスのこと好きよね――」
その熱量に、カーリアス国王を治療中のラフィニアも圧されている。
「…………」
強さはともかく、美しさは見えないと分からない気がするのだが――?
まあそれを言っている場合でもない。
イングリスはコホンと一つ咳払いをし、にこやかにロシュフォールに呼びかける。
「凄い威力ですね? たったあれだけであの巨大な船を沈めるとは」
「機関部だけを狙って、弾き返したのか……ッ!?」
「本当はもう少しかすめる程度にして、鹵獲をしたかったですが――少々目測を誤りました。あれでは修理可能かは怪しい所ですね、わたしもまだまだです」
流石にロシュフォールの放った盾の閃光の威力は凄まじく、完全に思い通りにはならなかったのだ。
それでも、蹴りで弾くよりは威力に負けず、正確に狙うことが出来たが。
「ふふふ――使い手がこれでは、せっかくの武器に申し訳が立たないですね。ふふふ……っ」
イングリスは嬉しそうな笑みを浮かべて、剣の刀身を撫でる。
このイングリス・ユークスとして第二の人生を歩み始めて、一度も口にしたことのない台詞である。一度は言ってみたかったのだ。
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