第295話 15歳のイングリス・従騎士と騎士団長5
「ラニ、大丈夫だった?」
「大丈夫じゃない! すっごい怖かったわよ! あんな所から飛び降りるんだから!」
ラフィニアは上空に浮かぶ血鉄鎖旅団の船を指差す。
「いや、だって急いでたし――積み荷を降ろすついでに丁度良かったでしょ?」
そんなイングリス達を見て、カーリアス国王が笑いを漏らしていた。
「くくくっ……相変わらず底の知れん娘だ――いつも我の度肝を抜いて現れおる……!」
「国王陛下――お体は大丈夫ですか? いい魔印武具ですね、今度是非手合わせを――」
「もークリス! 国王陛下は怪我してるのに何言ってるのよ……!」
「ふ、我でそなたの相手になるならば――な……」
「い、いかん――陛下はかなりの深手だ……! ラフィニア君! 早く治療を頼む!」
レダスが深刻な表情で、ラフィニアに救いを求める。
「はい、分かりました……! でも、前の時は腕だったから命に別状はなかったけど、今度は……!」
全身を、特に頭部に強く衝撃を受けた事による大怪我だ。
助けられるかどうか――自信は無い。
「大丈夫だよ、ラニ。耳を貸して? あのね――?」
イングリスはラフィニアに耳打ちをする。
「……ん? そ、そうなんだ――うん、分かったわ!」
話を聞かされたラフィニアはすぐに、カーリアス国王のほうに向かって治療を開始する。そちらは任せておいて大丈夫――
イングリスは神竜の尾の方に目を向ける。
「イ、イングリス殿――や、奴は今の一撃で仕留めたのでありましょうか――?」
そのレダスの問いに、イングリスは静かに首を振る。
「いいえ? まさか――これで倒れるような相手でしたら、こんな真似はしませんよ? 不意打ちで倒すなんてとんでもない、勿体ないですから」
せっかくの戦いが不意打ちで終わってしまえば、相手の実力を見せて貰い、それを堪能する機会も失われる。
相手の強みを受け止めて、その上でそれを上回って勝つのがイングリス・ユークスの戦い方だ。それが最も自分が成長する方法である。
どんな時でもそれは変わらない。変えない――
「今のは積み荷を降ろしがてらご挨拶させて頂いただけです。必ず、こちらの方は無事なはず――」
「当たり前だあああぁぁぁぁぁァァァッ!」
神竜の尾を跳ね除けて、下からロシュフォールが姿を現す。
体中泥塗れだが、特に大きな痛手を負った様子は無かった。
「ほら、お元気そうでしょう?」
「は、はあ……? それは喜んでいいのやら悪いのやら――」
「いいんですよ。天恵武姫を振るう聖騎士を倒せなければ、虹の王もまた倒せない――この剣の試し斬りの相手としては申し分ありませんね……ふふふ――」
イングリスは神竜フフェイルベインの鱗で鍛えた剣に視線を落とす。
身の丈を超える程に長大な剛剣だ。その刀身の腹を嬉しそうに笑顔で撫でる。
これを作ってから暫く経つが、ようやく出来を確かめる時が来た。
これが喜ばずにいられるだろうか――!
「ククク――この武器化した天恵武姫を目の当たりにして笑顔とは……余程の馬鹿か、狂人か――ところで君は何者かな? お美しいお嬢さん?」
「申し遅れました。わたしはイングリス・ユークス――臨時緊急名誉近衛騎士団長代行……に就任予定の、騎士アカデミー従騎士科の学生です」
イングリスはロシュフォールに向け、丁寧にぺこりと一礼する。
「従騎士――?」
「はい。見ての通りですので」
と、イングリスは何の魔印も刻まれていない右手の甲を見せる。
「無印者だと――? いや、そんなことはどうでもいいな。君がそんな可憐ななりをして、あんな巨大な生モノで空から人を殴打してくれたことは事実――正直驚かされたよ。私はロス・ロシュフォール――我がヴェネフィクの国にて、天恵武姫を預かりし騎士だ。どうぞお見知り置きを」
ロシュフォールもイングリスに負けじと、恭しく一礼をして見せる。
「ご丁寧にどうも――そしてまさか、こんな所で武器化した天恵武姫と戦えるとは――その事にもお礼を言います」
「ほう? 礼を言われるなど初めてだな。天恵武姫の真の力を人同士の戦いに持ち込むなど言語道断だと、君の国の人々は言ったがね? そこにおわすカーリアス国王も、聖騎士も、天恵武姫達もな――仮にも臨時緊急名誉近衛騎士団長代行殿がそれでいいのかね?」
わざわざイングリスが用意した長い肩書を使って問い返して来る。中々面白い男だ。
「わたしは非常勤ですので。その任務はカーラリアに仇なす強敵を制圧する事――自分に働き所を与えて頂いた事に感謝をするのは、それほどおかしい事でもないでしょう? あなたがもし甦った虹の王と戦い、見事にその本来の使命を果たしたとなれば――わたしは誰とも戦うことが出来なかったでしょう。それがあなたの行動のおかげで、わたしはあなたとも、虹の王とも戦う機会を得られましたから。人々を守護する剣も、働き所無くば夜泣きをするしかない――という事です」
「人々を守護する剣――ねェ。そう言いつつも、君のその嬉しそうな目の輝きと口の締まりの無さは何かな? 私には君が己の享楽のために私と戦おうとしているようにしか見えぬのだがなァ?」
「ふふふ――否定はできませんね……」
「素直なのはいいけど、ちょっとは否定してよね……いつも恥ずかしいんだから――」
カーリアス国王の治療に当たっているラフィニアがため息をついていた。
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