第294話 15歳のイングリス・従騎士と騎士団長4
「な、何という威力だ……!?」
「こ、こんなものまともに受けては……っ!」
「陛下――! 国王陛下――――っ!?」
騎士達の悲鳴に、ロシュフォールはにやりと笑みを見せる。
「おやおや――? 一撃で粉々におなりになられてしまいましたかねえ? 何ともおいたわしい――」
そのロシュフォールを目掛けて、蒼い閃きが降り注ぐ。
「何を余所見をしておるかッ!」
「……ぬうぅっ!?」
ガキイイイイイィィィンッ!
頭上からの一撃に反応したロシュフォールの盾が、大きな衝突音を立てる。
蒼い鎧と翼を身に纏ったカーリアス国王が、ロシュフォールの攻撃を空に飛んで回避し、土埃に紛れて斬り付けたのだ。
「ほぉう――? それもまた、聖騎士ラファエル殿と同じ魔印武具の覚醒――どうやら我が国の後方で偉そうにふんぞり返っているだけの皇族共とは違うようですな――」
「……変わらんよ。今も虹の王との戦いを未来ある若人に任せ、自分はこの王都で安穏としておった。この特級印はずっと夜泣きをしておる――お前の元では輝けぬ、本来の使命を果たせぬとな……!」
いくら特級印を持つとはいえ、カーリアスは国王である。
その役割を放棄して天恵武姫を手にとって戦い、命を散らすわけには行かなかった。
アールメンに安置されていた氷漬けの虹の王が、氷漬けになった戦いの際もそうだった。
自らの置かれた立場を全うするには――
その力と関わらず、天恵武姫を手に取って戦う役目を負うわけには行かなかった。
自らが守りたかった大切な者や、己より若い未来ある若者に任せる他は無かったのだ。
「ならばお喜びになるがいい――! 今日でその特級印の夜泣きも終わる! 何故なら宿主がお亡くなりになられるのだからなァ!」
ロシュフォールが地を強く蹴り猛然と飛び立つ。
その勢いに圧されたカーリアス国王の体も巻き込まれ、吹き飛ばされて行く。
このまま城壁や、地面に叩きつけられては痛手は避けられない。
「ぬうううぅぅぅっ!?」
身を捻りながらロシュフォールの突進の勢いを脱し、輝く蒼い翼の力で垂直に飛び上がる。
「遅いッ!」
その軌道に先回りするように、ロシュフォールの盾の宝玉から光線が迸る。
幾条もの光が高速で飛び上がるカーリアス国王の身を掠めた。
「むうぅっ!?」
真上への直線軌道を転換し、左に急旋回。
しかしその軌道にもすかさず光線が差し込まれた。
「っ……!? これならば――!」
細かく方向転換を挟んだ、高速かつ複雑な飛行軌道。
常人ならば目が追い付かない程の速度でカーリアス国王は飛び回り始める。
「甘い甘い甘ああああぁぁぁぁいッ!」
しかしその行く先々に、的確にロシュフォールの盾の光が追いかけて行く。
少しずつ身を掠めるような攻撃を何度も受け、神竜の爪の蒼い鎧が段々と損傷して行く。
「くっ……! 神竜の爪を以てしても逃げる事さえ叶わんか……っ! 何という――!」
「意気込んだ所で――所詮は前線から遠ざかって久しい年寄りの冷や水ッ! 同等の力の魔印武具ならば聖騎士ラファエルの方が遥かにマシッ! 久々の実戦に興奮し、最初に斬りかかってきた所から間違いなのだよ! あそこで土煙に乗じて逃げを打つべきだったなァ! 騎士ラファエルはそうしていたよ! 己の力と相手の力を正しく見切った選択だ……!」
「年寄りの冷や水――確かにその通りかもしれんな……!」
自身が全盛期の自分に及ばず、実戦の感も鈍らせているのは事実。
それはいいが――このロシュフォールという男の意気軒昂ぶりはどういうわけだろう。
国境での聖騎士団との戦いでも、そして今この場でも、こうも遠慮なしに天恵武姫の力を振るい、まるで変わった様子も見せない。
もうとっくに、命が燃え尽きていても不思議では無いのに――
「さあさあさぁ! 早く逃げねば直撃を受けてしまいますぞおぉぉッ!?」
「いかんっ……! これでは――!」
自分がここで倒れてしまえば、例えその後ロシュフォールを退ける事に成功し、虹の王の迎撃にも成功したとしても――
「うおおおぉぉぉぉーーーーっ! 陛下あぁぁぁぁっ!」
雄叫びを上げ、ロシュフォールに向けて突進する者がいる。
剣を構えて、体ごとぶつかって行こうとするのは――レダスである。
バギイイイィィィンッ!
しかしその剣はロシュフォールの背に触れると、何か強大な壁にぶつかったかのように、甲高い音を立てて砕け散った。
「……何かしたかァ?」
そちらを振り向き、にやりと笑うロシュフォール。
「……! ならば――っ!」
折れた剣を投げ捨て、ロシュフォールに組み付こうとするレダス。
なりふり構わず、とにかく少しでも時間を稼ごうという行動だ。
「ふん、気色悪い。男に抱き着かれて喜ぶ趣味は無いのでな――」
裏拳を一閃。
それがレダスの顔面を打ち、体が大きく弾き飛ばされる。
――しかしレダスはすぐさま身を起こすと、折れた鼻から血を流しつつ、再びロシュフォールに組み付こうと迫る。
「レダス! 止せ、下がっておれ――!」
「いいえ、やはり陛下を盾に我々が黙って見ているなど出来ませぬ……! うおおおおおおぉぉぉぉっ!」
「そ、そうだ――なぜ我々は黙って見て……!」
「続け! レダス団長に続けーーーーっ!」
「とにかく時間を稼ぐのだ……! じきにイングリス殿が来て下さる――!」
何十人もの騎士が、一斉にロシュフォールに組み付こうと群がって行く。
「鬱陶しいわあああぁぁぁぁっ!」
ロシュフォールは盾を大きく一振りし、群がって来た騎士達を一撃で弾き飛ばす。
騎士達は全員城壁側に吹き飛ばされ、背ぶつけて蹲る。
「よかろう。邪魔をするというのならば、諸君らから消えて頂くとしようか――!」
盾の宝玉が、光線を発射するべく光を帯びた。
ロシュフォールはそれを壁際のレダス達に向ける。
「そうは――させぬっ!」
それを食い止めようと、カーリアス国王はロシュフォールに突進して刃を繰り出す。
しかしその動きは、ロシュフォールに見切られていた。
その刃は空を切り、逆にロシュフォールがカーリアス国王の背後に回り込んでいた。
「芸がないのだよ――! 先程教えて進ぜ上げたはずだ! 隙を見て逃げを打つのが上策だとなァ!」
ドゴオオォォッ!
黄金の盾をカーリアス国王に叩きつけると、その体は一筋の矢のように猛然と城壁に突進。空中で姿勢を制御する間も無く、叩きつけられてしまう。
「「「陛下……っ!?」」」
「ぐ……うぅぅ――昔取った杵柄……というには余りにも、老い過ぎておったか――」
額から血を流しながら、カーリアス国王は大の字に寝転がる。
全身に走る激痛と痺れで、すぐに起き上がる事は叶いそうにない。
「美しい主従愛と言っても良いが、それが命取りとなりましたなあ……! 所詮竜の牙も爪も、この天恵武姫の前では無意味なのだよ……! 非力非力非力いぃぃぃぃっ! さあ、仲良く黄泉路に旅立つが良い――っ!」
「ふっ……くくく――」
仰向けに寝転がったままのカーリアス国王が、唐突に笑いを漏らす。
「? 何が可笑――?」
そのロシュフォールの頭上に、巨大な影がふと過った。
「では、竜の尾では如何でしょうか――?」
「!?」
咄嗟に上を見たロシュフォールの視界に入ったのは――身の丈の数十倍もある巨大な何かの尻尾が、自分に向かって振り下ろされているという理解しがたい光景だった。
その巨大な尾を振りかぶっているのは銀髪の少女で、背中に黒髪の少女がしがみ付いて悲鳴を上げているのが見えた。
「何いいいいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ロシュフォールの驚愕と、黒髪の少女の悲鳴が重なり――
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオォォォォンッ!
耳を劈く轟音が鳴り響き、巨大な地震のような振動が城全体を揺るがす。
ロシュフォールの姿は、イングリスが上空の血鉄鎖旅団の船から飛び降りざまに振り下ろした神竜フフェイルベインの尾の下敷きとなって消え――
「お待たせしました――ごきげんよう」
イングリスは何事も無かったかのように、微笑をたたえて皆に向けてぺこりと一礼をする。
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