第290話 15歳のイングリス・東部戦線21
「――では、私は戻らせて頂きますね? 一緒に来た生徒達を待たせていますから――」
ミリエラはラファエル達に挨拶をして、部屋を出て戦艦の格納庫へと向かう。
そこにはアカデミーから選抜してきた生徒達が、ミリエラの帰りを待っていた。
その筆頭は最上級生で特級印を持つ将来の聖騎士候補――シルヴァである。
「校長先生――! ラファエル様のご容体は如何でしたか――?」
「私が行ったら丁度お目覚めになった所で――大丈夫、お元気そうでしたよ」
「そうですか。出来れば僕も一緒にご挨拶をしたかったですが――」
シルヴァからすれば、ラファエルは尊敬する先輩である。
目指すべき目標であり、聖騎士の理想像を体現する存在なのだ。
以前ミリエラの伝手で、ラファエルを騎士アカデミーに招いて特別訓練を行って貰ったこともあるが、シルヴァは顔を輝かせてラファエルに稽古をつけて貰っていた。
今回も虹の王との戦いを控えるラファエルの姿から、何か学んでおきたかったのだろうが――シルヴァはまだ聖騎士と天恵武姫の真実を知らない。
彼の前では込み入った話は出来ないため、今回は申し訳ないが遠慮して貰った。
「すみません、ラファエルさんのお体に障るといけませんでしたし……代わりにシルヴァさんがもっと会いたかった人が来てくれましたから、許して下さいね?」
「やっほー。みんな元気だった?」
ミリエラの背中から、リップルが顔を覗かせる。
状況を考えると、とてもそんな気分ではないだろうが――それを見せずにこうして周囲の雰囲気を明るくしようと振舞ってくれるのは、有難いことだ。
「リップル様――! ええ、こちらは問題なく訓練に励むことが出来ました。これもリップル様達が国を守って下さっているおかげです……!」
「いやいや、守れてないからこんなになっちゃってねー……ゴメンね、君達まで駆り出されちゃうような事になって――」
「いえ、少しでもリップル様のお力になれるならば、僕は本望です……! もしラファエル様のご容体が思わしくなければ、僕が代わってリップル様と共に戦わせて頂きますから、いつでもお声掛けを――!」
その心意気は買いたいし、いずれシルヴァがリップルと共に戦う未来もあるかも知れないが――今はその時ではない。
少なくともシルヴァが真実を知り、それを乗り越え、それでも戦うのだと決断をする時までは――それまでは、もしラファエルが倒れ、代わりが必要な状況になれば、エリスやリップルと共に戦うのは自分である。
生徒を先に生贄になどしない。
たとえウェイン王子の命に背くことになっても、それだけは譲れない――
ミリエラは内心強くそう思う。
「……? 校長先生どうされました? 顔色が悪いですが――」
「い、いえ大丈夫ですよお? 全然平気です!」
「まぁ、シルヴァ君にそこまでさせないで済むように頑張るから、そんなに固くならずに応援しててね?」
リップルはシルヴァの肩にぽんぽん、と触れる。
「は、はい……! 頑張ります――! 今回はユア君もふざける様子は無いですし、こちらは何も問題ありません……!」
シルヴァはリップルに触れられると余計に緊張が増しているようだが――
それはそれとして、ユアは特に文句も言わず、居眠りもせずその場に待機していた。
解放されている格納庫の出入り口の端に座り、外に足をぷらぷらさせてぼんやりしている。
「お。ホントだ――ユアちゃんが寝たり帰ろうとしたりしないで大人しくしてる……!」
それはそれで逆に異常な事かも知れないが――
ともあれリップルはユアに近づいて声をかけてみる。
「ユアちゃん、久しぶりー。元気だった?」
「ケモ耳様……? こんにちは。今日も耳と尻尾、可愛い――」
「あはは、ありがと――ボクはこれが自然だから、あんまり意識してないけど……それより、ユアちゃんも王都から連れて来られてごめんね? みんなの力を合わせて戦わないといけないから――」
「はい。大丈夫、がんばります」
ユアは全くの無表情ながら、なんだかやる気に満ち溢れたような発言をした。
「ゆ、ユアちゃんが――!? 聞いた、ミリエラ、シルヴァ君――!?」
「え、ええ……どうしちゃったんですかあ、ユアさん……?」
「ユア君。結構な事だが……い、いつもと様子が違うな――?」
「今は気分がいいから――ここに来たら、何だか懐かしい感じがする……」
「ユアちゃん、懐かしいって?」
「はい。お父ちゃんの匂いがする――かも?」
「かも?」
「よく覚えてないから――」
「ああ――いつか、また会えるといいね?」
「はい」
ユアは淡々とそう頷くと、再び足をぷらぷらさせて、下の街並みを眺め始める。
「~~♪」
やはり機嫌はいいようで、無表情のままほんの幽かに鼻歌も漏れていた。
◆◇◆
「「~~♪」」
頬を撫でる風は少々きついが心地良くもあり、晴れた空の青と、眼下の肥沃な草原の緑の組み合わせは絶景である。
格納庫の端に座って、そんな絶景を眺めつつ頂く神竜の肉の串焼きもまた絶品である。
ラファエルへのお土産ではあるが、自分達も食べないとは言っていない。
まだまだ残りはあるからと、この風景とお肉の組み合わせを堪能している最中である。
「ん~。やっぱりいい景色と美味しいご飯の相性は抜群よね~!」
血鉄鎖旅団の女性兵士用の服に身を包んだラフィニアが、そう言って笑顔になる。
「そうだね、ラニ。もうじき王都の近くを通るかな?」
応じるイングリスも同じ格好だった。
「竜の肉とは生まれてこの方初めてですが、これは凄まじい美味ですなあ」
肉をおすそ分けしてあげたレダスも、その味には文句のつけようがない様子である。
「まあ確かにこりゃあ美味いが――」
「これから虹の王と戦おうというのに、肝が据わってるというか――」
「そうだなあ、大丈夫なのか……?」
血鉄鎖旅団の兵士達は、少々不安そうにしていた。
今は既にレオンが戦艦を降りて別の所にいるため、余計に弱気になっているのかも知れない。
が、レオンの行動はそれはそれで必要な事だ。
異を唱えるつもりはない。
「先程頂いた報告によれば、まだ虹の王はアールメンの街に向かっている最中のようですから――であれば、戦いに備えてしっかり腹ごしらえをと。腹が減っては戦は出来ぬと言いますし――」
「クリスもそうなの?」
「いや、迷信だよ。それとこれとは別。お腹が空いたくらいで戦いを止めてたら、人生の楽しみを半分損してると思わない?」
「ははは……まあ、あくまでクリスだけの場合よね、それは――」
「流石、イングリス殿は豪胆でございますなあ。やはり可能であれば、今すぐにでもこの近衛騎士団長の位をお譲りしたい所でございます……!」
「いやいや、クリスの性格とか人格とか立ち振る舞いを見て、どうしてそういう発想になるんだろ――?」
「そこがいいのだよ――力を以て我々を踏み躙ろうとする者共を、逆に力を以て踏み砕く……! そんな横暴をこの可憐なお姿で為される様こそ、まさに痛快……! 天恵武姫をも超える我々の女神だ――!」
「ははは、暑苦しい――」
これにはラフィニアも苦笑いするしかなさそうである。
「近衛騎士団の人達は皆こんな様子だよね――」
アルカードに発つ前、王都でのワイズマル劇団の公演で舞台に立つイングリスに集団で野太い声援を浴びせて来たのは忘れない――あれは結構恥ずかしかった。
「……ですが、そのお話――受けておいた方がいいかも知れませんね」
イングリスは唐突に、そんなことを言い出したのだった。
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