第289話 15歳のイングリス・東部戦線20
「? つまり――どういう事ですか?」
「「…………」」
ラファエルのこういう所の鈍さには、エリスもリップルも少々呆れてしまう。
品行方正で他者にも優しく情け深く、自己犠牲も厭わないまさしく英雄と言えるような好青年なのだが――
「ま、まあ、これ以上は止めておきましょう。深く考えても仕方のない事よ――もうあの男の姿を目にする事も無いでしょうし。それよりも、こちらの事よ」
「そうだね。そのアルルって獣人種の子とは話してみたかったけど――」
「天恵武姫が滅ぶわけじゃないわ。いずれまた――新しい聖騎士を得た彼女と向き合う事になるかも知れないわね」
「うん、きっと今は辛いだろうね――」
「そうね――だけど本人にしか乗り越えられない事よ――」
エリスもリップルも思い出す事があるのか、伏し目がちに頷き合う。
「……ところでエリス様、今僕達がいるのはどこですか?」
「アールメンの街の上空よ。虹の王の進路がこのままなら、ここを通るから――元々あれは、ここに安置されていたでしょう? またここに訪れる可能性は高いと判断されたの」
「虹の王の考えてる事なんて分からないけど、この街が気に入ってるのかもね――?」
「……では、ここに虹の王が現れた時が決戦ですね」
「ええ。王子と特使の方針もそうよ。ここを抜かれたら、虹の王が王都に到達してしまうかも知れないから――その前に、ね。聖騎士団だけでなく、各地の領主達の騎士団をアールメンに集合させようとしているわ」
「多分騎士アカデミーの子達も来てると思う。さっきウェインの所にミリエラが挨拶に来てるのを見かけたから――」
「私の事お呼びになられましたかあ?」
部屋の扉が少し開いて、そこからミリエラ校長がひょこんと顔を覗かせていた。
「お? ミリエラ――?」
「――少し行儀が悪いわね」
「あ、ごめんなさーい。お部屋の前に来たらちょうど私の名前が聞こえたものですから」
言いながら遅れて、扉をコンコンとノックして見せる。
「ははは――お疲れ様です、ミリエラ先輩」
ラファエルが騎士アカデミーに在学している時、アカデミーの卒業生であり聖騎士候補でもあったミリエラには、何度か訓練を付けて貰ったことがあった。
彼女とはその時からの付き合いである。
「ラファエルさん――戦いの負傷が元でずっと眠っているとお聞きしましたが、お目覚めになられたんですね……良かったです――!」
「ええ、エリス様とリップル様が助けて下さったおかげです――」
「そうですか――エリスさんとリップルさんのお怪我は大丈夫ですかあ?」
「大丈夫大丈夫、もう治りかけてるし!」
「ええ、私も同じよ」
「ミリエラ先輩、済みません――騎士アカデミーの学生にまで動員がかかるような事態になってしまって……僕が不甲斐ないばかりに――」
「何言ってるんですかあ、仕方ないですよ。相手は人間相手に武器化した天恵武姫を繰り出して来たと聞きます……それを相手によくご無事で――これからのことは、これからですよお」
「ええ――その、ラニやクリスも来ているんですか?」
「いえ、彼女達は別の特別任務で北のアルカードに向かいましたので、まだ――」
そのイングリス達の動向については、エリスとリップルはラファエルが眠っている間にウェイン王子とセオドア特使を通して知らされていたが、大きな誤算だった。
イングリスが王都に居続けていれば既にもうここに来ていただろうに――
アルカード方面に急使は出して貰ったようだが、それでも虹の王が来るのが早いのか、イングリスが来るのが早いのか――それが全く見通せない。
もし先に虹の王がアールメンの地に現れたのであれば、可能な限り戦いを引き延ばして迎撃する必要があるだろう。
「そうですか――出来れば、あの子達を巻き込まないうちに……」
虹の王との戦いに巻き込まれる事の、直接の危険。
そしてラファエルが虹の王の討伐に成功したとしても、その後、天に召されるところを見てしまう危険。
出来ればどちらからも、二人の事は遠ざけてあげたいとラファエルは思う。
彼女達は納得しないかもしれないが――
「い、いけませんよラファエルさん。焦ってはいけません……! たとえ虹の王を倒す事が叶わなくとも、進路を変えさせ、追い払う事が出来ればそれでいいんですから。我々もご協力して、何とかそれを試みますから――!」
「はい、済みませんがよろしくお願いします」
「……ですが、最後の最後は――本当にどうしようもなくなれば、あなたに頼る他はありません――本当にごめんなさい、ラファエルさん……私は自分も特級印を持つ身でありながら、あなただけに責任を押し付けて――本当にごめんなさい……!」
ミリエラは深々とラファエルに頭を下げる。
普段は気楽そうで大らかなミリエラだが、今回ばかりは声を震わせ、泣き出しそうな程だった。
「いえ、先輩――人にはそれぞれ果たすべき役割がありますから……僕は自分の役割に納得しています。先輩の役割も、未来のために重要です。これからのこの国を守って行く力を育てるんですから――天上領の新しい技術を得た新しい騎士の世代を作って行くためには、先輩が適任だというウェイン王子の判断は正しいと思います」
「……ですが、それは自己保身のための逃げだったのではと、ずっと――いえごめんなさい、私の愚痴なんて言っている場合ではありませんよね……大変なのはラファエルさんなのに――」
「僕は大丈夫ですから、気にしないでください。やるべき時にやるべき事を――それは何があっても変わりません」
ラファエルは微笑を浮かべて、ミリエラに頷いて見せる。
「――ラファエルさんは本当に人間が出来ていますねぇ……あなたを見ていると、何だか自分が子供と言うか――情けなくなってきちゃいますよお」
聖騎士とは、国と人々を守る最後の希望。
輝かしい栄誉ある英雄――
とは言うものの、表向きには明らかにされない天恵武姫を使う事の弊害もあり、見た目ほど輝かしいものでは決してない。
単に魔石獣と戦うだけではなく、常に間近にある死の影と、己の志と信念をかけて戦い続けねばならない。
その実態は、外から見るよりも遥かに壮絶なものだ。
ラファエルはその渦中の人でありながら、万人が思い描くような英雄の姿を崩さない。
それはミリエラにとって、驚愕すべき事だ。
同時に深く尊敬せざるを得ない。
「そ、そうですか――? す、すみません……」
「いえ、謝るような事じゃないんですけどね」
「――大丈夫よ、ミリエラ。あなただけじゃない、私達も時々それは思うから――」
「……だねえ、ボク達も感心しちゃうよ。きっと親御さんの教育がいいんだね」
エリスの発言に、リップルもうんうんと頷いている。
「ははは――ラニと同じ両親ですけれど……」
「ラフィニアさんは凄くいい子だと思いますよお? ちょっと気分屋さんですけれど」
「そうだねー。正義感が強くて優しいし――」
「強い芯のある子よ。あなたに似ていると思うわ」
「まあイングリスさんといつも一緒だから、ラフィニアさんも無茶苦茶な人に思われるかもしれませんけど――ね? ああ確かに、ラフィニアさんも食べる量に関しては無茶苦茶ですけれど……」
「逆にラフィニアちゃんがいつも側で見ててくれてるから、イングリスちゃんはあのくらいで済んでる気がするけどね?」
「……そうね、賛成。わけがわからないもの、あの子は――力も考え方も何もかもがね」
「だよねえ、一見可愛くてお淑やかで賢そうなふりしてるけど、中身には戦いの鬼が潜んでるからねえ」
「ええ、あの子こそ、親の顔が見てみたいわ――」
だがそのわけの分からない無軌道な力と、何物をも恐れない強烈な闘争心こそが、今最も必要とされるものだ。
虹の王には武器化した天恵武姫を振るう聖騎士を以て当たる他は無く、そして戦いの後、聖騎士は力尽きて帰らぬ人となる。
その世界の常識を、何度も繰り返される悲劇を、粉微塵に破壊して欲しい――
そうすれば、ラファエルの運命も変わる。
こんな所で亡くすには惜しい好青年なのだ。
「ははは、クリスのご両親もうちの両親とそんなに変わらないはずなんですが――?」
これにはラファエルも苦笑するしかない様子だった。
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