第286話 15歳のイングリス・東部戦線17
「いたたたた……っ! わ、わたしが何とかするから許して――?」
「……できそうなの?」
「勿論だよ。エリスさんやリップルさんがわたしを呼ぶのはそのためだからね? 何の縛りも無いわたしが虹の王を倒してしまえば、ラファ兄様が命を落とす事もないし、誰も悲しまない――エリスさんもリップルさんも、何度も聖騎士が命を失う所を見て来て、きっと辛いんだよ。わたしとしても、強い敵を優先的に回して貰えるのはありがたいし――これっていい事づくめだよね?」
「――クリスらしいわね!」
ラフィニアがぱっと顔を上げる。
少し涙の跡が残ってはいるが、表情にはいつもの明るさが戻っている。
「こんな時まで喜んでるのは人としてどうかと思うけど、毒を以て毒を制すよね!」
「もう、人聞きが悪いよ? でも、うん――フフェイルベインがわたしに授けてくれた剣で、必ず虹の王を倒して見せるよ。ふふふふ、やっぱり結局魔石獣なんだよね、魔石獣……!」
神竜の鱗で造った特製の剛剣――その最初の実戦の相手が虹の王ならば、相手にとって不足はないだろう。
やはり魔石獣はいい敵だ。
余計な事を考えずに思い切り襲い掛かって来てくれるから。
フフェイルベインやイーベルのように、計略や打算で戦いを避けたりしないのだ。
「いや、竜さんは授けたつもりなんてないと思うけどね――?」
「そうね、力づくで奪い取ったと言うか――」
「まあ、それも毒を以て毒を制すですわ。神竜は危険な存在でしたのは確かですし――」
「毒だらけね、クリス!」
「みんなでひどいんだから――! でも元気出たみたいだね? それで、どうする? わたしが早く戻った方がいいって言ったのは、そういう理由があったからなんだけど――」
ラフィニアに判断材料は提供した。
イングリスとしては今すぐに引き返す事を勧めたいが、ラフィニアがそうではないと言うならば従うつもりはある。
「うん――」
ラフィニアが表情を引き締める。
「迷う必要なんてないわ、ラフィニア! すぐ戻るのよ――!」
「レオーネ――でも……!」
「分かってる――! ここに向かってくるアルカード軍は、私とリーゼロッテが残って何とかするわ……! 二手に分かれましょう、イングリスとラフィニアはすぐに戻って! いいわよね、リーゼロッテ?」
「ええ……! レオーネがそう言わなければ、わたくしが言っていた所ですわ」
「二人とも――」
「急げばきっと間に合うわ――! ラファエル様をお助けして……! そうすれば、レオンお兄様が抱えている負い目も少しは軽くなると思うから――」
「ありがとう……! じゃあ、あたし達はすぐにカーラリアに引き返すわね。ラティ、プラム、最後まで手伝えなくてごめんね……!」
ラフィニアの言葉に、ラティは大きく首を振る。
「いや、こっちこそ何から何まで助けて貰っちまって済まねえ――本当なら全員ですぐ引き返せって言いたい所だけど……言えなくて悪い――!」
「イングリスちゃん、ラフィニアちゃん、気を付けて下さいね……! 虹の王を倒したら、またアルカードに来て下さい、今度は名物の美味しいものを沢山用意しておきますから――」
「おっ! それは楽しみ――! ね、クリス?」
「うん、負けられないね……!」
イングリスはラフィニアと頷き合った後、近くに控えるレダスに顔を向ける。
「ではレダスさん、すぐにカーラリアに戻りましょう」
「ははっ! ありがとうございます、イングリス殿――! では一度ビルフォード侯爵のおられる戦陣に立ち寄り、高速艇に乗り換えまして――」
「いいえ、その必要はありません――足はありますから」
ゴゥンゴゥンゴゥン――
丁度イングリスの言葉に応じるかのように――屋根の上から響く駆動音が耳に入って来た。
レオンが用意して来たという血鉄鎖旅団の艦艇が、高度を降ろして迎えに来たのだ。
「丁度迎えに来てくれたみたいだね。行こう、ラニ――レダスさんもご一緒に」
イングリスが先導して宿舎の外に出て、空を見上げると――
飛空戦艦が高度を下げ、野営地全体を覆いそうな程に大きな影を落としていた。
「おおぉぉ――っ!? これは天上領の……!?」
「それを血鉄鎖旅団が拿捕して行ったものでしょうね、イーベル殿がカーラリアの王宮を訪れた時のものかと」
それを補修して自分達の戦力としているのだろう。
これほどの艦艇、匹敵するのはカーラリア王国の騎士団でもセオドア特使の専用艇くらいだろう。
保有している装備の質としては、一国の騎士団に決して劣らない。
「血鉄鎖旅団ですと――!? い、いけませんぞイングリス殿……! そのような輩などと手を組んだと見られかねません――!」
「緊急事態ですから、使えるものは使いましょう? わたし達が今一番優先するべきは、国王陛下の特命を果たす事でしょう?」
「し、しかし……! あれに乗ってしまえば敵の掌の内とも言えましょう? いつ襲われるか分かったものではありませんぞ……!?」
「襲って下さるなら、お礼を言って相手になりますが――? 移動中のいい準備運動になりますよ? 新しい剣の試し切りにもいいですし」
「は、はぁ――さ、流石イングリス殿は豪胆でいらっしゃいますなあ……! 分かり申した、腹を括ってお供いたしますぞッ!」
「ええ。では行きましょう――ラニも大丈夫だよね?」
「うん――でも……もしかしたら星のお姫様号の方が早いかも知れないけど……?」
「三人だと速度は落ちるし、二人だとしても、カーラリアまでの長距離を全速力は機体がもたないよ? 途中から星のお姫様号でもいいけど、ある程度運んでもらった方がいいね。それに――」
「それに――?」
「あの船なら、持って帰れるよ――あれ」
イングリスは広場から外れた、レオーネとリーゼロッテが主に働いていた肉切り場に、ちらりと目を向ける。
そこには斬ってまだそれほど経たない、新鮮な神竜の尾が丸々一本横たわっている。
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