第285話 15歳のイングリス・東部戦線16
「な、何と…………ッ!? それはまことですか、イングリス殿――ッ!?」
イングリスが天恵武姫と聖騎士についての真実を告げると、宿舎の家屋の中にレダスの大きな声が響き渡る。
「ええ事実です。間違いありません。信じられないのも無理はありませんが――」
「確かに、私の知る限りの逸話においては、虹の王と戦いし聖騎士は皆その後亡くなっておりますが――それは余りにも激しい虹の王との戦いが故――我が弟シルヴァならば、必ずその前例を打ち破って見せてくれると……!?」
「そう言った類のものではありません。虹の王を打ち破る程の聖騎士が天上領に牙を剥く事が無いように、計算づくでそのような設計がされているのです。草刈り場である地上が過度に荒廃する事が無いように虹の王を討ち滅ぼし、同時に地上最強の戦力である聖騎士も滅ぼす――よく出来た手ではあると思います。これで地上と天上領の関係は長く保たれる事でしょう」
「ぬうう……ッ! ではイングリス殿……! 天恵武姫は地上を救う女神であると共に、我が弟シルヴァや聖騎士達の命を奪う死神であると――!?」
「そういう言い方も出来るでしょう。で、あるが故にこの事実はごく限られた人間にしか伝えられないのだと思います。事実が広く知られれば、天恵武姫を恨み、反発する者も出てくるでしょうから。それは国を統治する側にとっても懸念するべき事です。現実的には天恵武姫に頼るしか地上の国を守り続ける方策はないのですから――国を一つに保つためには天恵武姫は地上を守る女神だと信奉されている方が望ましいです。近衛騎士団長のレダスさんすらご存じないのが、その証拠ですね。おそらく聖騎士本人と、王族の方のみで閉じられた情報でしょう」
「そ、そんな……如何にイングリス殿のお話と言えども、俄かには信じられませぬ――」
「ですがレダス様、こ、これは事実ですわ――先程レオーネのお兄様が……レオン様が仰っていましたもの――これからイングリスさんが語る内容は事実だと――イングリスさんが何を話すつもりか、すぐにお分かりになられたのですね……」
「うん。そうだよリーゼロッテ」
「そんな……レオンお兄様――私、全然知らなかった……そんな、そんな事があったなんて――」
レオーネは声を震わせて、俯いている。
「……レオンさんは、本当の意味でこの地上の人達を守るには、あのままじゃダメだって思ったんだろうね――確かに聖騎士を続けて虹の王からこの国の人達を守れるかも知れないけど、天上領や天上人から守れるわけじゃないから――」
「え、ええ――そうね……一緒に来てくれれば良かったのに……」
レオーネが胸の前でぎゅっと握った手が、細かく震えている。
俯いた表情は見えないが、きっと必死に涙を堪えているのだろう。
「それでもレオーネやアールメンの街の人に迷惑をかけたのは事実だから――合わせる顔はないって思ってるんだと思うよ」
「……お兄様らしいわ。普段あんな感じだけど、本当は誰より誠実なのよ――」
「……そうだね」
イングリスは微笑みながら、レオーネの肩にそっと手を置いた。
その逆側にはリーゼロッテがそっと、寄り添っていた。
「ラファ兄様はレオンさんと少し違って――例え天上領との関係が何も変わらなかったとしても……それでも、虹の王が現れた時は、誰かが人々を守って戦わないとって考えてるんだと思う。そこにどちらが正しいなんてなくて、考え方の違いだね。お互いそれが分かってるから、ラファ兄様はレオンさんへの恨み言は言わないし、レオンさんもラファ兄様を助けて欲しいって言うんだよ」
「ええ、ええ――」
「わたくし達の与り知らぬ所で、多大なご心労をお抱えになっておられましたのね――」
イングリスの言葉に、レオーネとリーゼロッテは深く頷く。
ラフィニアは無言で、ぎゅっとイングリスに抱き着いて来た。
「ラニ――吃驚したよね? ちょっと辛い話だったけど、大丈夫――?」
「……ごめんね、クリス――」
「え?」
「こんな話――一人で抱えてて辛かったわよね? 気遣ってあげられなくてごめんね」
「ラニ……ありがとう、優しいね――」
こういう状況でこういう話を聞かされて、確実に衝撃を受けたはずなのに、イングリスの事を気遣ってくれる。
優しく、芯の強い子に育ってくれてよかった――
ラフィニアの成長を見守り続けて来た身としては、そう思えて嬉しくなる。
「わたしは大丈夫だよ。ずっと黙っててごめんね。リップルさんからも内緒だって言われてたから――」
「……それはちょっと怒ってるけどね――」
ぎゅうううぅぅぅっ!
ラフィニアがイングリスに抱き着く腕に力を込めて締め付ける。
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