第283話 15歳のイングリス・東部戦線14
リックレアの街跡側の野営地――
天上領の大戦将イーベルは、この土地の地下深くに眠っていた神竜フフェイルベインを、機神竜と化して持ち去ってしまった。
アルカードの国を操り、カーラリアへ攻め入らせようとしていた動きは本命である神竜の存在に比べればついででしかなかったようで、拘る様子も見せずに天上領へと帰って行った。
神竜の存在は食糧難への一時しのぎにはなったが、その強大な力はラティ達アルカードの国の人々にはどうにもできない厄介者でもある。
それが全ての糸を引いていたイーベルと共にいなくなってくれたのだから、皆の感想としてはほっと一息、これで一段落と言った所だろう。
機神竜と戦いそびれたイングリスだけが一人悲しみに暮れる――はずだったが、状況にはまだ続きがあった。
野営地にもたらされた二つの急報――
それは、カーラリアとの国境に布陣していたアルカード軍がこのリックレアに接近中である事。
そして、遠く離れたカーラリアの東部、隣国ヴェネフィクとの戦線では、国境近くに安置していた氷漬けの虹の王が動き出し、それが原因でカーラリアの軍は崩壊し、敗走したという事だ。
虹の王は王都カイラルに向けて進行していると言う。
その知らせを受けラフィニアは、兄である聖騎士ラファエルや天恵武姫のエリス、リップル達であればきっと大丈夫だから、自分達はまずこのアルカードで出来る事をしようと言った。
つまり、一つ目のリックレアに向かって来るアルカード軍への対応を優先するという事だ。
だがイングリスはラフィニアの意見に対して首を振った。
こういう重要な時にラフィニアが下す意思表示に、イングリスが異を唱えるのは極めて稀な事である。
ラフィニアは吃驚した様子でイングリスを見る。
「クリスが自分から戦う相手が少なくなる方を選ぶなんて……!? あ、ひょっとしてラファ兄さまだったら虹の王を倒しちゃうから、早くしないと間に合わないって事……!? そんなのダメだからね! さっきも言ったけど、あたし達しかここの人達を守れないんだから、まずそれが優先! いいわね!」
「いや――よくないよ、ラニ。それはよくない」
「クリス……? いつもあたしに決めろって言うのに――あ、あたし何かクリスを怒らせるような事した……?」
「いや、そうじゃないよ。ただ――エリスさんとリップルさんがわたしを待ってくれてるから。急がないと」
伝令から戻って来た騎士は、ラファエルが戦死したとは言わなかった。
もしそんな事があれば、それは大きな知らせである。
必ずその情報も入ってくるはず。
つまりラファエルはまだ無事と言う事になる。
それでいて、動き出した虹の王は王都カイラルに向かって進んでいるという。
ラファエルが武器化した天恵武姫を手に取り、虹の王を食い止めようと戦いを挑んだのなら――その戦いの結果に関わらず、ラファエルは帰らぬ人となる。
聖騎士は戦死したが、虹の王を食い止められた。
又は、聖騎士は戦死したが、虹の王は食い止められなかった。
情報は、このどちらかになるはずだ。
そのどちらでもないという事は、まだラファエルは決戦を挑んでいないのだ。
虹の王が王都カイラルに向けて深く進行すればする程、被害は拡大して行くだろうに――
ラファエルはイングリスが赤子の頃に比べればそれはもう随分大人になったが、それでも根本的に虹の王の脅威を黙って見ていられるような性格ではない。
エリスとリップルが、懸命にラファエルを抑えているのが目に浮かぶようだ。
何とか虹の王の進行に伴う被害を最小化しながら、待っているのだ。
イングリスがその場に駆け付け、虹の王を撃破するのを。
それによって、ラファエルは命を散らさずに済む。
彼女達はその一縷の希望に賭けているのだ。
イングリスとしても、ラファエルは大切な家族だ。
それに何より、ラファエルの身に何かあればラフィニアが悲しむ。
それも一生心から消えない程の大きな悲しみを背負うことになるだろう。
可愛いラフィニアにそんな思いをさせるわけには行かない。
「クリスを待ってるって――何でそんな必要があるのよ? 虹の王が動き出したなら、早く倒さないとその分被害が増えるのに……!」
ラフィニアは納得がいかない、という様子だ。
「エリス様とリップル様は、虹の王と戦うのを避けたがっているという事なの――? どうして……?」
「でも確かに――王都に虹の王の幼生体が現れた時は、リップル様も校長先生も、天恵武姫の武器形態化を要請なさったシルヴァ先輩を止めていらっしゃいましたわ。レオーネのお兄様もそうでしたわ。結局、イングリスさんが割って入って有耶無耶になりましたけれど――」
「そうね、来るなり先輩を殴り倒してて吃驚したけど……もしかしてあの時のイングリスのあれって、単に自分が戦いたかったからじゃなくて、何か理由があったの……!?」
思慮深いレオーネとリーゼロッテは、即座に推論を巡らせる。
「クリス……!? 何かあたしに隠し事してるの――!? 何を隠してたの?」
「それは――」
これ以上、隠し続ける事は無意味だろう。
何より、これからラフィニアがどう動くか判断する上で、これを知っているかどうかは重大な影響を及ぼす。
知っていれば、こちらへ向かって来るラティの兄ウィンゼル王子が率いるアルカード軍への対応を優先するとは言えないだろう。
もしも知った上でもそう言い続けるのならば、イングリスとしても従うが――
何はともあれ、正確に状況を知らなければ適切な判断は下せない。
判断材料はきちんと提示する必要がある。
「うん――ごめんね。確かにラニに言ってなかった事があるけど、その前に――」
一応断っておいた方がいいだろう。
イングリスはこちらを取り巻いているラティ配下の騎士隊――の更に外側にいる住民達の一角に目を向ける。
「――レオンさん、済みません。エリスさんやリップルさんの事、ラニ達に話させてもらいます」
「「「「えええぇぇぇぇっ!?」」」」
イングリスの発言に、吃驚したラフィニア達が声を上げる。
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