第275話 15歳のイングリス・東部戦線6
急ぎ出撃したラファエル率いる聖騎士団は、全力で東方面へと進路を取った。
程なくして、目標の位置は容易に分かった。
飛鳥型の魔石獣が一丸となった巨大な影が、空を黒く染めているからだ。
「本当に凄い数だわ――!」
「うん……! 只事じゃないよ、これは――!」
虹の王の動きはどんどん活発化している。
目覚めの時は近い――そう思わざるを得ない。
それまでに前線にイングリスがやって来ることを祈りつつ――今はあの巨大な群れを、何とかせねばならない。
エリスとリップルの認識は一致していた。
「ねえラファエル! どう攻めるかは、何か考えてるの……?」
「まともに突っ込むには数が多すぎるわね――進路に先回りして迎撃しても、あれだけの数では止めきれないわ……!」
「なるべく被害の少ない戦法で行きます!」
「被害の少ない……!?」
「それができればいいけど――!」
「はい、僕とエリス様とリップル様の三人だけで突撃を行います! 後続は遠巻きから安全確保をしつつ、散った敵を遠隔攻撃で仕留めて行きます!」
「……ええぇぇぇ~!? 三人だけで行くの?」
「あなたらしくない戦法ね――」
「はい、ですが――結局はこれが、一番全体の被害は少なくなります!」
自分だけが突出して個人の力で状況を覆すような戦いは、ラファエルとしては余り好みではない。
それでは仲間の――聖騎士団の騎士達が自分に頼りきりになってしまいかねないからだ。
自分は虹の王が出現したならば、命を賭して戦わなければならない立場。
もし自分がいなくならざるを得なくなった時、その後自分に頼り切りになってしまった騎士達が、碌に働くことが出来ないという状況になって貰っては困る。
だから他の騎士達の練度を高め、それぞれが自立して人々を守る事が出来る集団となるよう、常に気を払っていた。
立場を同じくしていたレオンが聖騎士団を去ってからは、特にそうだ。
自分がいなくてもレオンがいる――という考えが出来なくなった。
ただ、そのことは残念に思っているが、恨むわけではない。
レオンの考えも理解出来なくはない。
それに、レオンが聖騎士団を去る切っ掛けになった事件は、ラファエルの故郷ユミルで起きた事。
ある意味レオンが、自分の家族の危地を救ってくれたともいえる。
――様々な思いはあるが今この状況では、この作戦が最も適しているだろう。
「副長! 聞いての通りです! 僕達三人が突入しますから散った敵を遠巻きに攻撃して下さい! こちら側の指揮は任せます!」
「はい、ラファエル様……! 各員、遠距離攻撃の布陣に移れ! 決して孤立はせず、お互いに援護可能な距離を保つのだ! 陣形を維持しつつ、ラファエル様達の後に続く!」
「「「ははっ!」」」
ラファエルの指示を受けた副長が、後を引き受けて隊列を整えはじめる。
「さあ行きましょう、エリス様、リップル様!」
ラファエルは副長と同乗していた機甲鳥から、エリスとリップルが乗る機甲鳥に飛び移った。
「ええ――! 分かったわ!」
入れ替わるように、エリスは船首部分に立って双剣を抜き、突撃に備える。
「よぉっし……! 全速力で行くよ! 振り落とされないでよね!」
リップルはぐっと操縦桿を握る手に力を込める。
「はい、行って下さい! 僕は振り落とされても大丈夫ですから――!」
「ふふっ。確かにラファエルはそうだよね、じゃあ行くよっ!」
リップルは機甲鳥の全速を出し、単機突撃を開始する。
これは、特別に推力を強化された高速型のもの。
あっという間に部隊の隊列から抜け出し、飛鳥型の魔石獣の群れに肉薄して行く。
そんな中、ラファエルは自身の長剣の魔印武具を抜き放つ。
紅い宝石のような半透明の刃は淡く発光し、柄の部分には伝説の生き物と言われる竜の意匠がある。
これはラファエルが好んでこのような意匠にしたと言うわけではなく、授かった時から元々こうだった。
銘を神竜の牙といい、その名の通り強大な竜の牙を素材として製造された魔印武具であると聞いた。
どうやら竜と言う存在は地上の人間にとっては伝説の中のものだが、天上領にとっては現実的なものであるらしい。
分類で言えば上級魔印武具となるのだが、その威力は武器化した天恵武姫を除けば最強と言われ、他の上級魔印武具と一線を画した威力を発揮する。
その事は後にこの神竜の牙を目にしたセオドア特使も認めるところで、極めて強力だが、身体への負荷もその分重いため多用は控えた方がいいと忠告された。
確かに使った体感としてもその通りだ。
最初にこの魔印武具が聖騎士団に下賜された時、レオンとどちらが使うかを話し合ったのだが、彼は疲れるからやめておくと言ったほどだ。
それ以来、ラファエルがこの魔印武具を使っている。
「はああぁぁぁぁ…………!」
ラファエルは神竜の牙の刀身を目の前に掲げ、手を触れて意識を集中する。
――刀身からどくどくと、何かが脈打つような力が流れ込んでくるのが体感できる。
元は竜の牙であったこの魔印武具の、牙の持ち主の竜の魂や力などと言ったものだろうか。
実際、この神竜の牙から、ラファエルは何らかの意思のようなものを感じる。
始めは少し使うだけで疲労困憊になっていたが、使っているうちに負荷が段々と軽くなって来たのだ。
単に慣れたと言うだけではなく、剣の意思がラファエルを認め、力を貸してくれるようになった――そんな気がするのだ。
と、共にラファエル自身も剣に慣れ、その存在に近づいて行くように思う。
この牙の持ち主だった、強大な竜という存在に。それが行き着いた先には――
「追いついたっ! 突撃いいいぃぃぃっ!」
リップルが操縦桿から片手を離し、銃撃を構える。
銃口にいつもの光弾とは違う、黒く歪んだ渦のような輝きが生まれていた。
「まずは、こいつっ!」
リップルが放った黒い渦を巻くような弾は、高速で前方の魔石獣に着弾。
すると、魔石獣の全身を黒い渦が侵食し――
ズズズズズズ――ッ
更に拡大する渦が周辺の魔石獣も引き寄せて行く。
このリップルの弾丸は、このように強力な重力の『目』を生み出す効果がある。
その影響を受けた魔石獣達は、抗うことが出来ずに一か所に固められ、巨大な一つの塊のように密集をする。
「エリス! 今――ッ!」
「ええ……! 斬って斬って――斬り刻む――ッ!」
船首に立ったエリスの双剣が、目にも止まらぬ速さで閃く。
縦横無尽に繰り出される剣閃は空間を飛び越え、リップルが作り出した魔石獣の塊を襲う。
凄まじい切れ味を持つそれは、エリスの言葉通り、魔石獣の密集した球体をズタズタに斬り刻んで行く。
ものの数秒のうちに、球体はいくつもの細切れた残骸となっていた。
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