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第274話 15歳のイングリス・東部戦線5

 それから数日が経った、セオドア特使の専用船。

 今はヴェネフィク軍の侵攻に対する聖騎士団の母艦として使用されている。

 内部艦橋側にある、作戦指令室兼会議室で――


「ヴェネフィク軍側からの回答は『そちらからの提案は受け入れられない。そもそも虹の王(プリズマー)をこの地に運んだのはそちらである。カーラリア側の責任で対応されたし』との事です――!」


 伝令役を務めてくれた騎士が、そう報告をする。


「……そうか、ご苦労だった――」


 ウェイン王子は、あまり表情を動かさずに返答を受け入れ、騎士を労う。


「想定されていた返答ではある、な――」


 そうして瞑目をし、そう述べる。


「あちらからすれば、こちらが虹の王(プリズマー)を盾にしているように見えるのは仕方ありませんね――」


 セオドア特使は少々残念そうだ。

 リップルとエリスから、虹の王(プリズマー)がいつ起き出してもおかしくない状態であると報告を受けたウェイン王子は、ヴェネフィク側に休戦を申し入れたのである。

 また、虹の王(プリズマー)がもし動き出した場合には共闘を――と。

 その申し入れに対する返答が、先程の報告である。


「そういうつもりが全く無いとは、言い切れぬから――な。確かにヴェネフィクの動きへの抑止に繋がればという計算はあった。だが、全く通じぬとはな……」

「だけど、カーラリア側の責任で対応しろと言うけれど――魔石獣やましてや虹の王(プリズマー)に、地上の国の事情なんて通用しないわ。虹の王(プリズマー)が起き出したら、カーラリアの方に進むか、ヴェネフィクの方に進むか――それすらも分からないのに……」


 こうなった以上、再び虹の王(プリズマー)をどこかに運ぶという事も出来ない。

 一切の外部からの刺激は避けた方がいいからだ。

 この状況で虹の王(プリズマー)が起き出し、ヴェネフィク側に進路を取ってしまった場合、ヴェネフィク軍はどうするつもりなのだろうか。


 そこで初めてカーラリアに頼る? しかしカーラリア側からそう都合よく助力を得られるはずもないだろう。

 であれば、一旦様子見をし、虹の王(プリズマー)については共闘も辞さないという態度を取っておいた方が安全だと、エリスには思えるのだが――


「危険だわ。虹の王(プリズマー)を甘く見てる。何かあってからじゃ遅いのに……」

「あちらにも引けぬ理由があるのかも知れませんね――ヴェネフィクの国には教主連が後ろについていますから、何かしら引けない厳しい条件を突き付けられているかもしれません……」


 セオドア特使は少し伏し目がちに言う。


「ヴェネフィクがカーラリアの国土を狙い侵入を繰り返すのは、以前からの伝統だが――な。そこに何らかの天上領(ハイランド)からの圧力が加わり、このような出方となったか――」


 ヴェネフィクの国土は、痩せた荒野が多く人々の生活は決して豊かではない。

 カーラリアの豊かな国土を手にすることは、ヴェネフィクにとっては悲願なのだ。

 カーリアス国王やウェイン王子の何代前からも、その伝統は変わっていない。


「ねえ、もし――」

「どうしました? リップル様?」


 何かを言いかけたリップルに対し、ラファエルが反応をした。


「あ、いや……ゴメン何でもないよ。気にしないで、はははっ」


 リップルは笑って誤魔化した。

 口にしかけていたのは、もし虹の王(プリズマー)が目覚め、ヴェネフィク側に進行を始めた場合、こちらはどうするのか――という事だ。


 魔石獣に国境は関係ない。

 魔石獣によって苦しむ人々にも、国境は関係ない。

 理想を言えば、それはヴェネフィク側に行ったとしても、全力を以て助けるというのが人道的であり、格好よくもあるのだが――


 虹の王(プリズマー)に全力で対峙するという事は、武器化した天恵武姫(ハイラル・メナス)を投入するという事、そしてそうなれば、ラファエルの身は――

 それが分かっている自分が、仮定の話を、しかもラファエルのいる前で口にするような話ではなかった。


 もしそうなったのであれば、そこはウェイン王子やラファエルの判断に任せる他は無い所だ。

 ヴェネフィク側に行ったのだから、手を出さず放置するという結論になっても、その判断を責めてはいけないと思う。

 武器化は絶対に使わない前提で、救援を行うくらいは進言してもいいが――


 だがそれよりも何よりも、リップルとエリスとしてはイングリスだ。

 イングリスなら虹の王(プリズマー)がどこに向かおうが戦ってくれればいいし、本人も喜ぶだろう。

 それで虹の王(プリズマー)を倒せれば、何も問題ない。万々歳だ。


 そうなれば地上の守護者たる天恵武姫(ハイラル・メナス)の存在意義の否定にもなりかねないが、それは構わない。

 天恵武姫(ハイラル・メナス)が不必要と言う事は、虹の王(プリズマー)の脅威が無いという事。

 もうこれ以上の悲しみが生まれないのであれば、自分は用済みになっても、捨てられても構わない。むしろ本望だ。


 既にセオドア特使には相談をし、イングリスを呼び寄せてもらう事は依頼をしてある。その後セオドア特使からウェイン王子にも事情は伝えられただろう。

 ともあれ今は時間を――なるべく事態を引き延ばして待たねばならない。


 避けられぬ死と悲しみを振り撒いて強大な敵を討つよりも、ニコニコ楽しそうに笑いながら叩き潰す方が、みんな幸せになれるだろう。

 少なくとも自分はそのほうが嬉しい。リップルはそう強く思う。


「ともかく、こちらの動きだが――」


 ウェイン王子が場を仕切り直した時――


「失礼致します! 哨戒班より急ぎ報告に上がりました!」


 慌てた様子で、哨戒に出ていた騎士が作戦指令室に駆け込んで来た。


「ご苦労様です。何か虹の王(プリズマー)に変化が……!?」


 ラファエルが部下を労いながら事情を尋ねる。


「はっ! 氷漬けの虹の王(プリズマー)より多数の飛鳥型の魔石獣が発生しております! かつてない数です! 見た所、一千は下りません!」

「む……!?」

「多いですね――やはり虹の王(プリズマー)の目覚めが近いと……」


 報告を聞いたウェイン王子とセオドア特使の顔に緊張が走る。


「……! すぐに全軍に通達! 迎撃の準備を……!」

「いえ、それが……!」


 ラファエルの指示に、騎士は何か言いたい事がある様子だ。


「? どうしました?」

「迎撃の必要があるかは――魔石獣の軍団は、一斉に東へ……ヴェネフィク領側への進路を取っています――!」

「……! こちらに進んでも迎撃されるから、別の進路を取ったというの……!?」

「どうかなあ、魔石獣の考えてる事なんて分かんないよ。たまたまかも知れない――」

「ええ、そうね。でも、いずれにせよ――」


 カーラリア側としては第一級の緊急事態と言うわけではないが――

 その分、事は複雑であるとエリスは思う。

 虹の王(プリズマー)や魔石獣に対する共闘は、ヴェネフィク側にきっぱりと断られたばかりなのである。


 であれば、この魔石獣の軍団は放置するという選択肢も、現実的には候補に挙がるだろう。

 元々虹の王(プリズマー)をここに運んで来たのはカーラリア側だが、元々カーラリア側への侵入を目論んで軍を出して来たのはヴェネフィク側だ。

 魔石獣と侵略者が相互に潰し合い、結果的に自分達は虹の王(プリズマー)の目覚めに備えて万全の体制を維持できるならば――


 勿論、心情的に罪悪感も複雑なものもありはするが。

 エリスも、リップルも、色々考えてこうするべきという意見が言えない中――


「……指示は変わりません。迎撃準備!」


 ラファエルはきっぱりとそう宣言をする。


「ラファエル――」


 やはり、元々ここに虹の王(プリズマー)を運んで来たからには――と言う事のようだ。責任感の強いラファエルらしい。


「……まあ、あれを運んで来たのはこっちだし――ね。悪くないと思うよ」

「あ、いえ――そうではないんです。ただ……どんな時でも、誰が相手でも、魔石獣の脅威に晒される人達を守る――僕はそのために騎士になったんです。だから、黙って見ている事は出来ません……!」

「「……」」


 エリスやリップルが思っていたよりも、更に純粋で打算の無い理由だった。

 確かに、魔石獣から人々を守る騎士はそうあるべき。そうあり続けたい姿ではある。

 聖騎士団で何年も任務を共にしているが、ここで様々な経験をしてきても、こういうところは全く変わらない。


 時々その純粋さと清らかさに、心を洗われるような気分にさせられる。

 それが、ラファエルの人間的な魅力だと言えるだろう。

 エリスもリップルも妹のラフィニアを知っているが、やはり兄妹。

 人としての芯の部分がそっくりだ。


「ウェイン王子、セオドア特使、出撃の許可をお願いします!」

「……ボクからも、お願い。無茶な事はしないから」

「――私も一緒に行きます」


 リップルとエリスは、ラファエルの援護に入る。


「――ああ、この状況でお前を止められるとは思っていない。その打算なき姿勢こそが、敵国との間にも信頼を生むものと信じさせてもらおう。頼むぞ――」

「ただし、リップル殿の言う通り無茶は絶対に避けて下さい。あなたの担うものの重さを、決してお忘れにならぬよう――」

「はい……! では出撃します! エリス様、リップル様、行きましょう!」

「ええ――!」

「うん……! 分かった!」


 ラファエルとエリス、リップルは急ぎ機甲鳥(フライギア)の格納庫へと向かった。

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