第265話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)38
「あ……! 人が話してるうちに――! 卑怯よ――!」
「知った事か! だが――ククククッ……! あの伝説の神竜を叩きのめして、こんな情け無い有様にして見せたのは見事だよ、全く驚愕すべき事だ。素直に称賛しよう……! だがこちらにとっても好都合。誇り高い神竜の鼻っ柱を折ってくれたのなら、こちらの言う事に多少素直にもなるだろうさ――」
「おお……つまり、神竜をも超える力を用意できるという事ですよね……!? それは楽しみです!」
イングリスは俄然目を輝かせる。
イーベルの口調と発言にはまだかなりの余裕を見て取れる。
こちらが神竜を制して見せたのは認識した上で――だ。
単に神竜を味方に付けてこちらを倒すような話なら、そうはならないはず。
もしそのつもりだったならば、イーベルは神竜の力がイングリスに及ばない事を嘆くか、落胆の色を見せていただろう。こんなに自信たっぷりではいられないはずだ。
何か別の方法で、イングリスを倒す自信があるのだ。
天上領の大戦将の切り札――楽しみにさせてもらおう。
「ふん……! 察しが良過ぎるのも、物事の興を削ぐという事を覚えておくんだな!」
「――失礼しました」
イングリスがそう言って頭を下げると、イーベルは身を起こしたフフェイルベインのほうを向き、大きな声を上げて呼びかける。
「さあ神竜よ――! 誇り高いお前に屈辱を与えたあの女を殺し得る力を僕がやる――! だから僕の声を聴け……!」
「おお――やはり……! 是非お願いします!」
そして戦意を失ってしまった困った神竜にもう一度闘志を。
こちらとしては、まだまだ戦いたいのだ。
「うるさいお前が答えるんじゃない! 黙っていろ!」
イーベルに怒られると同時に、フフェイルベインがイングリスに問いかけて来る。
『老王よ――これはそなたらの同胞か?』
「いいえ。どちらかと言うと敵対していますが――」
『そうか――』
フフェイルベインは短くそう応じると、次の瞬間行動を起こしていた。
ゴアアアアアアアァァァァッ!
凶悪な牙がびっしりと詰まった口を大きく開き、猛然とイーベルに喰らい付く。
その動きは、巨体の割に驚くほど俊敏である。
大戦将であるイーベルが、全く反応できずに呑み込まれる程に。
「…………っ!?」
驚きの叫びも上げ切れない程の一瞬で、イーベルの姿はフフェイルベインの咢の中に消えてしまった。
「な――――っ!? く、喰われた……!?」
「なんて素早い……! 一瞬でしたわ――!」
レオーネとリーゼロッテが、その事態に目を丸くする。
「な、何しに出て来たのよ、あいつ……! ま、まあこれで良かったかもだけど――」
「よ、良くないよ……! も、勿体ない――!」
フフェイルベインが素直にイーベルの言う事に従うとも思っていなかったが、そこは攻撃をされても身を守る術を用意しておいて欲しかった。
そしてそれを見たフフェイルベインが、イーベルを認めて話を聞く気になる――という流れを想定していたのだが、まさか為す術もなく喰われるとは、逆に予想外だった。
『ふん……我は確認はしたぞ。同胞でないのなら文句はあるまい?』
そう言うフフェイルベインの口元に、赤い液体が滲んでいるのが分かる。
これはもう、間違いなくイーベルは生きてはいないだろう。
「ま、まあ……今更言ってどうになるものでもありませんね――」
『我を再び拘束するならば、勝手にしろ。その腹立たしいまがい物は、我の目に入らぬ所に捨てておくのだな。我が同胞の肉体に何やら分からぬものを埋め込むなど、不愉快極まりない代物よ』
フフェイルベインはそう述べると、再び地面に寝そべって丸まってしまう。
この偽物の虹の王の体形や幽かに感じる竜理力から、そうではないかと思ったが――やはり生身の竜を改造したものであるようだ。
同じ竜同士の事は、フフェイルベインが一番分かるだろう。
「なるほど――では片づけて欲しければ、わたしと手合わせを……」
『ええい何度言えば分かる、鬱陶しい……! いい加減諦めるのだな――!』
「いいえ諦めません……! わたしの情熱をあなたに理解して頂くまでは――!」
『理解したゆえに戦わぬと言っているのだ! そなたのような戦闘狂に付き合っていられるか! 他を当た…………っ!?』
フフェイルベインの言葉が途中で途切れた。
ビクンと一つ大きく身を震わせて、その後がくがくと震え始める。
『お……!? ウ……!? ウオオオォォォ――――ッ!?』
「……!? フフェイルベイン――! どうしました……!?」
「何かよく分からないけど、クリスがしつこ過ぎて滅茶苦茶怒ってるんじゃない!?」
「そ、そんな事ないよ――! わたし達、きっと分かり合えるはず……!」
「で、でもこの様子は只事じゃないんじゃ――!?」
「何が起こっているんですの――!?」
グオオオオオオォォォォォォォンッ!
フフェイルベインは巨大な咆哮を上げ、そして――その震えが止まり、静かになった。
意図は分からないが、片方の手を握ったり放したりして、動く事を確かめているような仕草を見せる。
「……?」
「クックックック――ようし、成功だ……!」
「!? 人の言葉――!?」
これまでフフェイルベインは、竜理力を介した竜言語でイングリスと会話を成立させていた。
人の言葉を発する事も出来たのかも知れないが、あの気位の高い性格からして、そのようなつもりも無かっただろう。
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