第260話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)33
プラムの治療は、任せておいて大丈夫――イングリスはレオーネと、倒れているイアンに注意を向ける。
「レオーネは大丈夫?」
「怪我はありませんの?」
イングリスとリーゼロッテの問いに、レオーネは頷く。
「ええ、何とか――天上人の『封魔の檻』に引きずり込まれた時は焦ったけれど――ね」
「……! よく無事だったね――」
「それって、魔印武具の力を封じてしまうものですわよね? 本当にイングリスさんの言う通り、よく無事でしたわね――」
「私にもよく分からないけど……何だか剣が変になって、それで――切れ味も普段より凄いし、形も変わって……」
レオーネが剣先を指差すと、確かに形状が竜の咢を象ったような複雑なものになっていた。
「ん……これは――?」
「それに、さっき剣を思い切り振ったら、剣から幻影竜が出て――」
「ええぇぇっ!? ど、どういう事です、それは――!?」
「きっとフフェイルベインの竜理力がその剣に宿ったんだね――それで、その影響で形まで変わったんだよ。竜理力は魔印武具の魔素の力とは別物だから、『封魔の檻』の効果も無くて、力が封じられなかったんだよ」
「竜の力――竜理力……? どうしてそれが私の剣に?」
「沢山肉を切ってたでしょ? 竜を沢山斬ったから、竜の力が宿ったって事だよ」
レオーネはこれを肉切り包丁代わりにして、毎日何時間もフフェイルベインの肉を切り出す作業を行っていた。
それは地味な上に重労働だが、周囲の集落に肉を届けるためは必要な行為だった。
人々のためになる、重労働――真面目なレオーネがそこに手を抜くはずが無く、毎日汗だくになりながらも、文句の一つも言わずに続けていた。
この結果は、レオーネの頑張りへのご褒美ともいえるだろうか。
「――そういうものなの?」
「……そうみたいだね。わたしも実際には初めて見るけど――ね?」
イングリスの場合はイングリスの肉体に竜理力が宿ったし、恐らくラティもそうなのだが、レオーネの場合は本人ではなく、黒い大剣の魔印武具の方に宿ったようだ。
神が自分の力を人に宿せば神騎士になるし、剣に込めれば聖剣となる。そして神を切り殺した剣は魔剣や邪剣の類となる――と言われる。
竜もこれと比較すると、似たようなものかもしれない。
やはり竜は神に近しい存在――と言えるだろう。
「……おかげで助かったんだから、文句はないわ。感謝しないと――ね」
「うんうん。強くなるのはいい事だよ? 今度一緒に訓練する時に使ってね? 体験してみたいから――ね? ね?」
「え、ええ――いいけど……ははは、そんなに目を輝かせないでよ」
「そ、それはそうと――イアンさん、あの方はどうしてこんな事を……?」
リーゼロッテが当然の疑問を口にする。
「そうだ……! イアン君は多分、操られて――確かな事は分からないけど、途中で苦しみ出して、イーベル様の意識がって言ってたわ……! リックレアに向かう途中で、プラムを浚ったのもそのせいみたいで――何かの準備が整ったって言ってたわ……! 詳しい事は、分からないけど――」
「イーベル様の意識――!? 準備……?」
「な、何か穏やかならぬ響きですわね――」
「そうだね。ふふふ――大変だね……」
イングリスの表情が思わず緩む。
イーベル。企み。準備――導き出される結論は、碌なことは起こらない、だ。
あくまで一般論としては――だ。イングリスとしては、新たな手合わせ相手が現れてくれる可能性に期待をしたくなる話だ。それゆえ少々、楽しみになってしまったのだ。
「こ、こちらも穏やかならぬ笑顔ですわねえ――」
「ま、まあいつものイングリスだから……それよりイアン君は、苦しみ出して早くとどめを刺してくれって言ってたわ――でも、出来なくて……また襲って来たから、戦って、こうなってしまって――」
レオーネは少し俯いてそう言った。
「き、気にする必要なんてありません……僕を止めて下さってありがとうございます――これ以上友達を……プラムちゃんを傷つけるなんて、御免でしたから――」
「イアン君――!」
「近づかないで下さい……! いつあの方の意識が僕を自爆させるか分かりません――僕はもう用済みですから……! すべての準備は整って――後は、騒ぎを起こしてほんの僅かな時間でも、皆さんの注意を引き付けておくために……だから、理由なんて何でも良かったんです――決して真に受けないようにして下さい。傷つく必要なんてありませんから――」
「……イアンさん、準備とは? イーベル様は何をお考えに……?」
イングリスの問いに、イアンはこちらに視線を向けて来る。
その眼差しは冷たく鋭く――イアンのそれではない雰囲気だ。
この冷たさと傲慢さは、イーベルのものに間違いないだろう。
「――もうじき分かる……! イングリス……! お前のような奴にはきっと喜んで貰えるだろうさ! だから邪魔せず大人しく見ていろ!」
「――では、そうさせて頂きましょう」
ただし、ラフィニアがダメと言わなければ――だが。
自分は武を極めるために、正義にも悪にも拘らず強敵と戦って腕を磨き続ける事を望むが、ラフィニアの意向だけは無視しない。いや、むしろ最優先する。
可愛いラフィニアが一人前に成長して行く過程を見守り続けるのも、イングリス・ユークスとしての人生の、もう一つの大きな柱なのである。
「さあ――こんなお喋りな玩具はもういらない……! 始末させてもらおう――! 余りいくつも残しておくのは趣味では無いんでね――!」
カッ――!
イアンの身体が激しく輝きを帯び、それがあっという間に膨れ上がって行く。
「――近づかないで! 離れて下さい――!」
イングリスは、周囲に向けて警告をする。
先程イアンが言っていた通りの事が起きようとしているのだ、近づくと怪我をする。
「……全ては、初めから仕組まれていたこと――だから僕は、本当はリックレアの街と運命を共にするべきだったんです……それからの僕の全ては、過ちでした……今、ようやく――最後にここに戻ってこれてよかった……イングリスさん、皆さん。後は頼みます……ラティ君や、プラムちゃんと、この国を――」
イアンは穏やかな口調に戻り、最後に微笑みを浮かべて見せる。
「ええ――」
「イアン君――」
「イアンさん……!」
「イアン――! 何が起こるか分からねえけど……! 必ずリックレアを前みたいな街に戻してやる! だから――だから……!」
プラムについているラティも見かねて、そう声を上げていた。
「はい、ラティ君――楽しみにしていますね――」
ドガアアァァァァァァンッ!
光が弾けて爆発を起こし、大音声と煙を立てる。
皆が眩しさに目を閉じて――そして再び開いた時、イアンの姿はもう跡形も無かった。
燻って焼け焦げたようになっている地面。
そこにパラパラと降って来る、巻き上げられた機械の部品の欠片――それだけだった。
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