第26話 12歳のイングリス14
外に飛び出してきたのは、ラフィニアだけではない。
ゴアアアァァァッ!
巨大な――人の数倍はありそうな程の人型の異形が、彼女と同時に姿を現していた。
その大きさを考えると、屋敷の壁を破壊したのは、ラフィニアでなくこちらだろう。
上半身だけが異様に発達して肥大化した、ずんぐりとした体格をしている。
皮膚はごつごつと硬質化した岩のようであり、額や首や背には結晶化した宝石のようなものが埋まっていた。その色は水色。深い青。黄色。黒など――
「これは……!? 魔石獣!?」
虹の雨など降っていなかったが……!?
それに人型の魔石獣など初めて見る。
「いや……それより、ラニ!」
考えるのは後。ラフィニアだけは何を置いても護らねばならない。
それが武を極める以外に、イングリス・ユークスとして己に課す唯一の制約、誓いだ。
別に嫌々ではなく、それだけラフィニアが大事だという事である。
ゴアアアァッ!
人型の魔石獣が、巨大になった拳をラフィニアに振り下ろそうとする。
「きゃ――!?」
「させない! はあぁぁぁっ!」
イングリスは神速で割込み、敵の拳に自分の拳を叩き合わせた。
体重、質量のみで言えば圧倒的に相手が上回る――
が、そんなものは物の数ではない。
結果はイングリスの拳が圧倒的に押し込み、魔石獣の拳を弾くと仰向けに転倒させた。
魔石獣は勢い余ってそのまま転がって行き、屋敷の塀に当たって止まった。
「ラニ! 大丈夫!?」
「あ、ありがと! クリス――」
「どうしてこんな所に……?」
確かにラフィニアは黙っていられないという様子だったが、ビルフォード侯爵はラフィニアを止められなかったのだろうか。
「無理やり出て来たわ。クリス一人に全部押し付けるなんて絶対間違ってる! だからあたしが先に行って、ラーアルをとっちめてやろうと思ったんだけど……おかしいの!」
「どうおかしいの?」
「隠れて忍び込んで、弓で射てやったわ! でもね、矢が当たったら、あんな風に――」
と、ラフィニアは身を起こそうとしている人型魔石獣を指差した。
「な……!? あれがラーアル殿だって……!?」
「ほ、ホントよ! あたしこの目で見たもの!」
「イングリスウゥゥゥッーーーー!」
ラーアル――だったものは、イングリスの名を呼び、唸りながら近づいて来る。
「……! わたしの名を――!? じゃあ本当にあれはラーアル殿……!? だけどそんな馬鹿な! 虹の雨で人が魔石獣化するなんて聞いた事が……!」
人は虹の雨を浴びても魔石獣化はしない。
それはこの世界では常識である。つまり、数多くの人々が経験した体験談でもある。
そうそう簡単に例外が起こるとは思えない。
「で、でもホントよ! ねえクリス、これあたしのせいなの? あたしが何か……!?」
「安心しなよ。そりゃあラフィニアちゃんのせいじゃねえさ」
と、イングリスの膝蹴りでうずくまっていたレオンが、身を起こして教えてくれた。
既に雷の獣は再召喚済み。彼の周りをしっかりと固めていた。抜け目がない。
「虹の粉薬っつってな、虹の雨の成分を極度に濃縮した秘薬だとよ。血鉄鎖旅団が持ってるようでな、俺を誘うついでに置いて行ったんだ。それでも人間にゃ効果が薄いが、天上人に使えばこの通り。こちとら虹の雨には慣れてるからな。舐めてんじゃねえって話だ。こうなっちまったら哀れなもんだぜ。もはや単なる魔石獣だ、ざまぁねえや」
と、レオンは魔石獣化したラーアルに向かって肩をすくめる。
その仕草には、心からの侮蔑がこもっていた。
「……戻す方法は!? 戻す方法は無いの!?」
「おいおいこんな奴助けるつもりか、エリス? 万死に値するだろうが、こいつはよ」
「そうだとしても、こんな所で天上人が殺されたなんて……!」
「ほんと現状維持派だな、お前は。戻す方法なんて、あるわけねえだろ? あったらそこらの魔石獣全部に使えば世界は平和にならぁな」
「う……」
「ま、俺のせいにして誤魔化しな。血鉄鎖旅団に寝返った俺が全部やったとな! とりあえず俺はトンズラさせて貰うぜ? 聖騎士を抜ける決心をして速攻で捕まってたら、恥ずかしいからな! じゃあな!」
「あっ! 待ちなさい!」
「爆ぜろっ!」
雷の獣達が一斉に自爆をする。
それにより、一瞬何も見えなくなる程の光が周囲に充満した。
「くっ――!」
「まずい、逃げましたか……!」
イングリスやエリス達の視界が元に戻った時、既にレオンの姿は消えていた。
レオンを捕まえて、事情説明と共に王都に突き出すのが一番だったのだが――
しかし、このラーアルだった魔石獣を放っておくわけにもいかない。
レオンの追跡は、一旦後回しにする他はない。
もしこのまま見つからなければ、事情説明とユミル側に非が無い事の代弁をエリスにお願いするべきだ。
犯人であるレオン本人を突き出すのに比べれば弱いが、天恵武姫の言葉ならば、多少の影響力は期待できるだろう。
「イングリィィィスゥゥッ!」
その叫びは、ある種救いを求めているように聞こえなくもない。
確かにラーアルは歪んだ成長をしており、こうなるのも因果応報と言われると、強くは否定できない。
しかしこの姿は哀れだ――と思う。
「……昔の誼です。わたしが眠らせてあげます」
イングリスはラーアルだったモノの前に進み出た。
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