第258話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)31
「剣よ!」
レオーネは自分の体の前に剣を突き立て、刃を長く太く伸長させる。
身を完全に覆いつくすような面積を取らせ、プラム達も含めて守る盾としたのだ。
守備的に振り切った、奇蹟の利用法だ。
光の弾が連続して刀身を撃って来るが、その衝撃にもぐっと腰を落として踏ん張って耐える。まだまだ、耐えられない程ではない。
このまま耐えているだけでも、ラフィニア達が戻ってくるまでの時間を稼げる。
この拮抗は、決して悪い状況ではない――レオーネとしてはそう判断する。
向こうにもその意図は伝わったのか――
「守って時間稼ぎをするつもりですか――? ならそんなもの、無駄だという事を教えてあげますよ!」
その声は、かなり近くから聞こえた。
剣を巨大な盾とした分、イアンの姿もレオーネから見え辛くなる。
向こうは手を止めて、死角から一気にこちらに距離を詰めて来ていたのだ。
「――! でも、接近戦なら――!」
「そういう事ではないんですよ!」
イアンが勝ち誇ったように言った瞬間――レオーネの視界が一瞬にして切り替わった。
それまでの銀世界の集落から、何もない真っ暗な空間へ。
これは――
「……異空間!?」
レオーネの黒い大剣の魔印武具にも、異空間を生み出す奇蹟の力が備わっている。だから慣れている。状況はすぐに飲み込めた。
しかし、レオーネが普段奇蹟で操る異空間との相違点が一つ――
真っ暗な空間には、キラキラとした黄緑色の光の粒子が漂っているのだ。
「あ……!?」
見覚えがある。そして見覚えがあるが故に、背筋が寒くなった。
この粒子には、魔印武具を無力化する効果があるのだ。
以前、セオドア特使の先代の特使であるミュンテーの襲撃事件に居合わせた際、レオーネも体験したものだ。
これは本当に、魔印武具が全く機能しなくなるのだ。
レオーネのこの大剣も、何の変哲も無いただの剣と化してしまう。
「こ、これは何だ……!? 一体――」
しかもプラムと、応急処置を施そうとするルーインも巻き込まれてしまっている。
これでは、ラフィニアが戻って来ても、プラムを見つけられずにすぐに治療が出来ないだろう。
「天上人の力です……! この中だと、私達の魔印武具の力は封じられて、使えなくなります――!」
「な、何だと……!? だ、大丈夫なのか――!?」
「分かりません――!」
不味い。本当にまずい状況だと言える。
こちらは魔印武具の力に頼らず、イアンを倒さねば、プラムもルーインも纏めて助からないという状況になってしまった。
イアンがこれを使う事が分かっていたなら、防御や時間稼ぎなど考えず、渾身の力で一気に仕留めにかかるべきだったが――それを後悔してももう遅い。
「だけど、諦めません! こんな事で……!」
レオーネは剣を構えて、イアンに向き合う。
奇蹟が無効化されている分、剣はいつもよりずっしりと重い手応えだ。
だが振れなくはない。ならば振る。
相手が魔石獣なら魔印武具の力が通わない物理的な攻撃は一切通用しないが、イアンは魔石獣ではないのだ。
ここでレオーネが諦めてしまえば、自分だけでなくプラムやルーインの命運も尽きる。
そんな事はさせない。そしてレオーネ自身にも、こんな所で終われない理由がある。
国を裏切った兄レオンを自分の手で倒し、オルファー家が負う事になった汚名を返上するのだ。そのために厳しい訓練を積んで来たのだ。目的を果たさずには、終われない。
それに何とか耐えていれば、もしかしたらイングリスならば、この異空間の存在に気が付いて救援に来てくれるかも知れない。それを信じて戦うだけだ――!
「ええぇぇいっ!」
レオーネの斬撃を、イアンは大きく飛びのいて回避する。
これが普段通りであればすぐに突きの刀身を伸ばして追撃するところだが、それは不可能。追撃は自分の足で距離を詰めねばならない。
そうするためにレオーネも駆け出すのだが、すぐさまその出鼻を押さえるようにイアンも動く。
「見苦しいですよ――この『封魔の檻』の中でのあなたは無力だ……! さぁ先程と同じ攻撃! これが受けられますか――!?」
イアンは右手を突き出し、掌から先程と同じ光弾を放つ。
「――っ!」
レオーネも先程と同じく剣の斬撃で弾を迎え撃つ――事はしなかった。
身を翻して、光弾の軌道を避ける。後の隙を少なくするよう、可能な限りぎりぎりで。
今は先程と位置関係が変わっており、レオーネの背後にプラムやルーインがいるわけではないから、避けても大丈夫。
先程と同じ事をしては、魔印武具の力が封じられている分こちらが不利なのは明らかなのだ。
身を翻して光弾を回避したレオーネを新たな光弾が狙うが、それもすかさず左右に動いて回避。流れ弾がプラム達に向かわないように気を付けながら、足を止めずに動き回る。
「なるほど――熱くなっているようで、冷静ですね……!」
冷静に、広く状況を見てその場その場の最善手を考えて実行する――
レオーネにはそういう面が必要だよ、とイングリスに言われたことがあるのを、先程は咄嗟に思い出した。
イングリスは毎日休み無く自主訓練をしているので、レオーネも時々一緒に訓練するのだが――ある時に言われたのだ。
自分が不利に陥った時、負けないように踏ん張って我慢しようとし過ぎるらしい。
我慢強いのはいいのだが、それが逆に視野を狭める事もあり得る――との事だ。
イングリス程のずば抜けた達人がそう言うのなら、そうなのだろう。
今も最初は、歯を食いしばって光弾を迎撃したい衝動にかられた。
イングリスの言葉が頭をよぎったから、思い直して回避する事を選択できたのだ。
駆け回って光弾を避け続けるレオーネに、イアンは一つ舌打ちをして見せる。
「そうして逃げ回って、仲間の助けを待つつもりですか……ですが!」
ぴたり、とイアンの掌の発射口がレオーネの後を追うのを止める。
そして――動けないプラムとルーインのほうを向いた。
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