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第256話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)29

 野営地の中心部――

 最初は、風雪を避けられる森の中の空き地に機甲親鳥(フライギアポート)を降ろして、その周りにテントを張って行っただけだったのだが、今は仮設だが大きめの家屋がいくつか立ち並び、ここに滞在する人々が寝泊まりできるようになりつつある。

 リックレアを開放したラティ王子の評判を聞き集まってくる人々が日に日に増えていることを考えれば、まだまだ足りないだろう。

 が――その事も既に計算に入っており、相当数を収容可能な城を本格的に造るべく、その基礎部分の工事も既に始まっていた。


 それを可能とするだけの人数が、既にここに集まって来ている――と言う事だ。

 その数は、百は下らない。数百人にはなるかも知れない。

 そして彼等を食べさせていくための食料の備蓄も、フフェイルベインの肉のおかげで充分である。おそらく、数か月から一年くらいは持つだろう。

 当座を凌ぐには十分であり、凌いでいる間に、ティファニエ達によって打撃を受けた周辺地域の食糧事情が元に戻っていく事だろう。


 騒ぎが起きているのは、森から切り出した木を組んで作られた家屋のうちの一つ――

 イングリス達が寝泊まりに使用している家屋だった。

 その周りを多数の人々が取り囲んでおり、怒気を孕んだ声を上げている。

 その前にはラティ配下の騎士隊の面々が、壁を作って立ち塞がり、内側にいる人物を守っていた。


 その人物とは、無論プラムだ。

 集まった人々の主張は、この地で無法を働き自分たちの暮らしを破壊し尽くしたハリムの縁者であるプラムの存在は受け入れられない、というものだから。

 そのプラムの側にはレオーネもいて、プラムを支えるように寄り添っていた。


「本当にごめんなさい。ごめんなさい……! ごめんなさい――!」


 プラムは涙目で何度も深々と住民達に頭を下げ続けるが、それだけでは騒ぎは収束しそうになかった。


「口先だけなら何とでも言えるさ――!」

「そうだ! 俺達の暮らしを滅茶苦茶に破壊してくれたあのハリムの妹だぞ! このままで済ませるなんて……!」

「ああ、責任を取らせるべきだ――!」


 人々のやり場のない怒りや悲しみを乗せた声、視線――

 自分が盾になって、それが無くなるわけではないけれど、せめて少しでも助けられるように――そう考えながら、レオーネはプラムを庇ってその前に立っていた。

 今のプラムは、数年前の自分の姿と同じようなものだ。似た境遇に立たされた自分だからこそ、プラムの力になってあげたい――そう強く思える。


「プラム……! このままじゃ危険よ、一旦中に入りましょう――!」

「いいえ、私はこの人たちから逃げちゃいけないと思います……! お兄ちゃんのしたことは、私が謝らないと――!」

「でも、プラム――本当にこのままじゃ……!」


 集まった民衆が、暴徒と化しかねない。

 そうなったら、こちらと衝突が起きてしまう。

 それはこれからリックレアを復興する事で名声を高めていくはずのラティの評判を落とす事になるし、何より、家や家族を失い辛い思いをした彼らを、自分達の手で傷つけてしまう事になる。

 そんな悲しい事はしたくない――彼等がどんな目に遭ってきたかは、リックレアに向かってくる途中で見て来たのだ。


「皆、落ち着いてくれ……! 確かにプラム殿はハリムの妹だが、奴等の行いに一切加担などしていない――! それ所かリックレアを取り戻す戦いに参加して下さり、我々の命を救っても下さったのだ……! ハリムの罪を彼女に問うのは、本当に正しい行いなのか……!? もう一度よく考えてくれ――!」


 騎士隊を率いるルーインも、そう呼び掛けてくれるのだが――


「大丈夫です――! 皆さんのこの行いは、決して間違ってなどいません……! 古来より、国に対して反旗を翻した者が現れた折、その責を一族郎党に問うてきた事例はいくらでもあります……! それ程、ハリムの犯した罪は重いのです! 皆さんの心を支配する怒りや悲しみ――それを二度と起こさないためにも、厳しい処断は必要なのです! それが第二、第三のハリムを生まぬ抑止に繋がる! 未来のためにも、彼女は許されるべきではないのです……! これは怒りに任せた暴発とは違う……! 未来に向かうために必要な処置です――!」


 それを言うのは、小柄で美しい顔立ちをした少年――イアンだった。


「イアン君……! どうしてそういう事を言うの!? あなた、プラムの幼馴染でしょう!? 友達でしょう!? こんな時こそ助けてあげるのが、本当の――!」

「僕はそうは思いません――! 罪は罪だ……! 誰かが償わなければいけません……! それが友達だからと言って、手心を加えるなんてあってはならない……! それを本当の友達でないというならば、僕はそれで構いません! そちらこそ本当はハリムと繋がっていて、何か企んでいると疑われても仕方ありませんよ……!」

「な――!? 何を言っているの!? あなた……! 私達と一緒に行動していたんだから、そんな事ないって分かっているはずでしょう――!?」


 怒りでかっとなり、レオーネは思わず背負っていた黒い大剣の魔印武具(アーティファクト)の柄に手をかけていた。

 それを見たプラムは慌ててレオーネにしがみついて止める。


「レオーネちゃん……! お願いです、止めてください――!」

「気持ちは分かる……! だが、冷静になってくれ――! ここで民衆に手を出せば、ラティ王子の評判にも傷がつく――! これからのリックレアの復興も危うくなりかねない……! ここは堪えてくれ……!」

「え、ええ……! ごめんなさい、分かっているわ――」


 レオーネが剣の柄から手を離そうとした時――


「甘いですね――! どうしてこちらから、手出しをしないと思うんですか……!?」


 バチンッ!


 音を立てて、イアンの両腕に添うように刃がせり出す。

 イアンの身体は、大半が機甲鳥(フライギア)のような機械化された身体。天上領(ハイランド)の技術によるものだ。この程度、不思議ではない。


 刃を露出させたイアンは、民衆たちの前に壁を作る騎士隊の中心――ルーインへと突進する。


「さぁ――そこを退きなさい!」

「――っ!?」

「止めなさいッ! イアン君!」


 ガキイイィィンッ!


 レオーネの黒い大剣の刀身が伸び、ルーインとイアンの間に割って入る。

 イアンの刃は黒い刀身を叩き、ルーインには届かない。

 間一髪のところで、間に合った。

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