第255話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)28
「ど、どうかなあ――そんな事は言ってなかったような……?」
『協力など、頼まれた覚えも無いがな――そなたは我に挑戦しては、叩き伏せて縛り上げ、尾を勝手気に切り落として奪っていくばかりだったが?』
「人聞きの悪いことを――」
とはいえ、あまり強く否定も出来ないのだが――
そもそも、このフフェイルベインがそんな願いをして、素直に協力してくれるはずもないと初めから交渉は諦めていたという所はある。
「え……な、何か聞こえたぞ……!?」
ラティがそう声を上げた。
「何って、何が――?」
「いや、何か――何も頼まれてないみたいな事を……これ、あの竜の……!? そっちは何も聞こえなかったのか……!?」
ラフィニアの問いに、ラティが応じる。
「何にも聞こえなかったわよ?」
「な、何で俺だけ……? イングリスは聞こえるんだよな」
「う、うん――ラティにも聞こえるなんて……」
これは意外だったが――間違いない。
ラティもフフェイルベインの肉を食べた事によって竜理力を身に着けつつあるのだ。
このフフェイルベインの声は、竜理力が無ければ聞こえないはずだから。
あるいは、向こうがこちらに聞き取れるように調整をした場合は聞こえるだろうが、ならばラフィニアにも聞き取れているはずだろう。
ラティのそれがイングリスのように、フフェイルベインのそれと遜色ない程の力を発揮するのかは分からないが――ラティはイングリスとラフィニアとは違い、常人の食事量で竜理力の片鱗が垣間見えるあたり、相当に相性が良いのだと思われる。ひょっとしたら、無印者であることと関係あるのだろうか? たった一つの例では、確かな事は何も言えないが。
「ねえラティ、竜は何て言ってたの?」
「いやだから、お前はこっちを叩き伏せて縛り上げて尻尾を切って行くだけで、何も協力なんて頼まれてないって――」
「……クリスぅ? ひょっとしてこの竜さんいい人で、前から嫌がってるのを無理やり戦わせたりしてないわよね……?」
「いやいやいや、それは違うよラニ――ちゃんと向こうからわたしを食べようとしてくれてたんだよ? だから――」
『――実はそうなのだ。あの娘は嫌がる我を無理やり……』
「ん……!? 『嫌がるのを無理やり』って言ってるぞ?」
「こら! クリス! 何でウソつくのよ! ダメでしょ……!」
ぎゅーっと耳を引っ張られる。
「いたいいたい――! ちがうよ……! 向こうがウソを言ってるんだよ……!」
「えぇっ!?」
「見損ないましたよ――! 神竜ともあろう者がそんな安いウソを……!」
『ふん。散々好き放題にしてくれた意趣返しだ、そのくらい大目に見るのだな』
「いいえ見ませんっ! この借りはわたしと全力の手合わせをして頂くことで返して貰いましょう――!」
『何度言えば分かる。我はそなたとは戦わぬ』
「むぅぅ……! 強情な――」
とその横で、ラティがラフィニアに話の内容を通訳している。
「イングリスの言う通り、向こうのウソだったらしい。で、今やっぱり戦わないってさ」
「そ、そうなんだ――まあまあ、クリス。とりあえず止めときなさいよ? どっちにしろ尻尾は貰っていいんでしょ? だったらお礼言って貰って帰ればいいじゃない。もしかしたら、これから仲良くできるかもしれないんだし――」
「いや、神竜ってそんな気安いものじゃないって言うか――」
『ふざけた事を抜かす娘よ――何も無ければ食い殺してやる所なのだがな』
「……わたしの警告をお忘れなく。ラティ、今のは黙っておいて」
「あ、ああ――」
『ふん……』
とりあえず、今日は諦めてラフィニアの言う通り尻尾を切らせて貰う事にするしかなさそうだ。
「では先程のお言葉に甘えて、食料として――」
と言いかけた時――その場に飛来する人影があった。
背から生えた純白の翼は、魔印武具の奇蹟によるものだ。
「お待ちになって! ラティさん、大変ですわよ! 今すぐ野営地に戻って下さい!」
リーゼロッテだ。かなり慌てている様子で、息も切らせている。
相当必死で、全速力で飛んできたのが窺える。どうも只事ではなさそうである。
「ん……!? 何かあったのか――!?」
「こちらに来られている住民の方達が、騒ぎを起こしていますの……! ルーインさん達が穏便に説得しようとなさっていますが、皆様怒っていらして――ここはやはりラティさん、あなたから彼等にお話をして差しあげるのが一番よいかと……!」
「ええぇっ!? わ、分かったすぐ戻る……! けど、なんでそんな事に……!?」
「――申し上げにくいのですが、プラムさんの事で……彼等はお兄様のハリムさんの事を忘れていませんから、その縁者が何故ここにいる、と……!」
「――! だ、だから追い出せってか……!?」
「そ、それで済めば、まだ……」
リーゼロッテはそう口籠った。その様子で窺える――
「プラムを捕まえて、処刑しろって言ってるんだね?」
「……! え、ええ――その通りですわ……」
リーゼロッテが辛そうに頷く。
だが、あり得ない話ではないだろう。
ここの所、野営地には周辺地域から人が次々に集まっており、単なるイングリス達とルーイン達生き残りの騎士達の活動拠点ではなくなって来ている。
復興の中心地として、野営地から新しいリックレアの街へと、姿を変えていく過程が始まろうとしていた。
集まって来た人々は、元々リックレアの生き残りの者もいれば、他の街に住んでいたがティファニエの所業により家や財産を失い、他に行き場を無くした者もいるだろう。
事情は人それぞれだが――彼らに共通するのは、ティファニエの――ひいてはその片腕であったハリムの所業を目の当たりにして来たという事だ。
ティファニエはまだ天上領からやって来た天恵武姫だが、ハリムは元々この国の有力貴族の家柄だ。
それがあのような所業を行うのは、国に対する反乱、反逆行為と見做されても仕方がない。そういう場合、その罪を一族郎党に問う――というのも決して珍しくはない事例である。直接被害を被った彼らの中に、そういう意見があるというのも頷けない話ではない。
ここに人が集まってくるのは、ラティの名声が高まりつつある証でもある。
だが、それはつまり多くの人々がここにいるプラムの姿を目の当たりにするという事にもなる。プラムは住民の感情を考えてあまり表に出ないようにしていたが、そうもいかなくなって来た――と言う事だ。
「くそっ……! なんで急にそんな事に――!」
「ひどいわ……! 絶対止めなきゃ!」
「――いずれは向き合わなきゃいけない事だよ。ラティ、冷静にね」
「あ、ああ……! 分かってる――」
「それと、まだありますわ――騒ぎを先導しているのが、イアンさんでしたの――」
「な……!? イアンが――!?」
「イアン君が……!?」
「……! どういうつもりで――?」
リックレアへの進軍中にプラムを拉致してハリムの元へ連れ去ったイアンが、今姿を現して騒ぎを起こす理由――それはイングリスにも、すぐには分からなかった。
「とにかく、お急ぎになって! 早く野営地に戻りましょう!」
リーゼロッテの言う通りだった。
イングリス達は再びフフェイルベインを拘束し、すぐに野営地へと引き返す事にした。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!




