第254話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)27
特にイングリスには――
さすが神竜は頭脳のほうも並の化物とは違う。狡猾でかつ現実的だ。
そう出られるとすぐに対応策は思いつかず――
「う……!? ああっ……!? い、痛たたたた……!」
イングリスは突然右腕の肘を押さえて、その場にうずくまる。
『……?』
「う、腕が――こ、これまでの戦いで相当負荷がかかっていたようです……これは折れているのかも――このままでは満足に戦えませんね……! い、今戦うのは危険かも知れません……!」
『…………』
「ああ、怖いなあ――今襲われたら危険だなあ――食べられてしまうかも……」
『白々しい――見え透いた芝居はよせ』
「あああああああ痛い痛い痛い痛い――!」
『黙れと言っている! 五月蠅いぞ!』
「うう……! そんな――いじわるです! ではわたしは誰と戦えばいいんですか!」
イングリスはとてもとても恨めしそうにフフェイルベインを睨みつける。
『知るか! そなた、本当にあの老王と同じ人間か……!? 口を開けば戦う事と食う事ばかり――まるで獣ではないか! まだあの枯れた老王の方が人として可愛げがあったぞ……!?』
「せっかく生まれ変わったこの人生――わたしは自分の欲に素直に自由に生きているだけです! では本当に腕の骨が折れたら戦ってくれますか? そのためなら自分で折ってやりますよ……!」
『そんな馬鹿な真似をしても変わらぬわ! いい加減にしろ! ともかく、我はもうそなたとは戦わん――無抵抗な者を一方的に嬲り殺すような卑怯な真似がしたくば、やるがいい。我が尾の肉が欲しければくれてやる。勝手に切って持っていくのだな』
言ってイングリスの目の前に、巨木のような尾を横たえた。
完全に無抵抗の様子だ。
「…………」
そんな態度に出られては、流石に尾を切り取るのも憚られなくもないが――
いやだが、お腹は空くし折角作った剣の試し切りもしたいので、尻尾は切るだけ切っておこうか――などと思っていると、頭上からラフィニアの声がした。
「クリスー! どうしたのー!? 今日は戦わないの?」
いつまでたっても戦いが始まらないので、高度を下げて様子を見に来たらしい。
「ラニ――! うん、ちょっと事情があって――」
「ねえ、大丈夫そうならもっと近づいて見てもいい?」
「あ、うん大丈夫だと思う――」
イングリスが応じると、ラフィニア達はゆっくりとイングリスの側に降下を始めた。
その間に、イングリスはフフェイルベインに向けて釘を刺しておく。
「あの黒髪の子は、ラフィニアと言います。もしあの子を傷つけたら無抵抗だろうと有無を言わさず抹殺しますので――覚えておいてくださいね?」
『……ふん、一応は聞いたがな――』
フフェイルベインは身動きせずにそれだけ答える。
冷淡な態度だが――イングリスとの戦いをあえて避ける事によって、将来の逆転を狙おうという計算高さを持つ相手だ。この警告は、ちゃんと守るはず。
もし破った時には、屈辱に耐えて実行しようとしている作戦が台無しになってしまうのだから。
「うわー……こうして間近で見ると、凄い迫力よね――」
「ああ、怖いくらいだぜ……こうしてるだけでも震えが来らあ」
降下してきたのは、ラフィニアとラティの二人だけだ。
今日は尻尾は自分で切るつもりだったので、レオーネ達は野営地での作業を続けている。いつもの精肉や保存食作りに加えて、野営地を本格的に街化していくための復興作業も始まっており、ますます忙しくなってきているのだ。
なので、尻尾を切った後の手当てを行うラフィニアにだけ来て貰うようにお願いした。
ラティも付近の集落への配給に出かける予定だったが、その準備を待つ時間が多少あったので、星のお姫様号の操舵主を買って出てくれていた。
「そう? 確かに迫力凄いけど、大人しくしてればちょっと可愛い気もするけど? 魔石獣とはちょっと雰囲気違うわよね」
「よくそんな事思えるな――俺は何か、近寄るだけで気分悪くなってくるぞ……」
「ほんと顔色悪いわね? 大丈夫?」
「あ、ああ――大丈夫だけどさ、さっさと用を済ませちまおうぜ……」
「そうね。で、クリス――何でこうなってるの?」
「いや、向こうが戦わないって言うから――尻尾が欲しければ切って持って行っていいって――」
「えっ……!? それ本当!?」
「うん――で、ちょっと話し合いをしてたんだよ」
「何の話し合い?」
「いや、そんな事言わずに戦いましょうって――」
「いやいやいや――止めなさいよ、迷惑でしょ! 戦わずに尻尾をくれるって事は、あたし達の事を理解してくれて、困っている人のために協力してくれるって事でしょ? クリスが説得して分かって貰ったのよね? 凄いじゃない、見直したわよ!」
「ああ、だったら助かるぜ――! こいつが暴れ出して、野営地やあちこちの集落を襲う事は無いって事だよな……!」
「ん? えーと……」
フフェイルベインが戦わないと言い出したのは、こちらの事情を理解して、協力してくれる気になったから――
性善説で物事を捉えるラフィニアとしては、そういう解釈になるようだ。
まあ確かに、長大な寿命を背景にイングリスの衰えを待つと共に、その間これ以上実力差が開かないように、最も有効な修行の機会――つまり実戦の機会を削ぐ。即ち、イングリスとは戦わない――
というような細かい策略にこの巨大な神竜が出ているのを想像するのは難しいだろう。
イングリスも驚いたし、困った。神竜はある意味理知的過ぎる。
もう少し本能的で、暴力的であった方がこちらとしては助かるのだが――
多少虹の雨でも浴びて、魔石獣のように本能的に人を襲うようになってくれれば助かるのだが――そうすればイングリスの老いを待つなどと言い出さず、姿を見れば襲ってくれるだろうに。
しかしそうなるとあの極上の肉の質は変わってしまうだろうか?
それはそれで困るが――
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