第253話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)26
毎日フフェイルベインと本気の手合わせをし、お腹が空けばその肉を美味しく頂くという、イングリスにとっては理想の修行の日々――
ある日突然、その終わりはやって来た。
「こんにちは! 今日もよろしくお願いします」
ぺこりと一礼。
今日も楽しげに愛らしい笑顔を浮かべるイングリスは、その表情に似つかわしくない巨大な物体を携えていた。
それは少々歪だが刀剣の形をしており、大きさはイングリスの身の丈を超える程の規格外。薄青い鈍い輝きは、フフェイルベインの竜鱗に独特のものだ。
フフェイルベインを拘束するための予備の鎖も大量に用意できたし、少し加工にも慣れてきたので、武器造りを試みてみたのだ。
例によって素手で殴りつけるのが基本の製法のため、刃を研ぎ澄ますような細かいことは出来ていないが、神竜の鱗を使っているだけに、その強度は折り紙付きだろう。
イングリスが魔術で生み出す氷の剣は当然上回るだろうし、並の魔印武具など比較にならないはずだ。
ひょっとしたら、霊素を込めた全力戦闘にも耐えうるかも知れない。
本当に神竜というのは、多大な恩恵をもたらしてくれる存在である。
新たなる力、それを磨く修行の相手、お腹が空いた時のとても美味しい食事、そして至高の武器までも――本当に足を向けて寝られない存在だ。
「ほら、見て下さい――! あなたから頂いた竜鱗で、剣を造ってみたんです。それはもうとてつもない強度になったかと思います。今日はこれを使って手合わせをお願いしますね?」
これ以上ない試し切りの相手である。フフェイルベインの竜鱗で造った剣は、果たして生きた神竜の鱗を引き裂くことが出来るのか――自分の剣士としての腕が、大いに試される事になるだろう。昨日までとはまた違った戦いに、わくわくせざるを得ない。
「霊素を全力で使っていると負荷に耐えられず並の武具は壊れてしまいますから、ろくに扱える武器が無いのが悩みだったんです。これならきっとそれを解消してくれるはずですよ。あなたのおかげです、いつもありがとうございます」
丁寧にお礼を述べて、いざ実戦。竜鱗の大剣の実力や如何に――
目を輝かせるイングリスだが、それに対するフフェイルベインは淡白だった。
『ふん……玩具を振り回したくば他所でやれ。我の知ったことではない』
そう言うとその場に寝そべって、丸まってしまう。
「え……!? ど、どうしました――? 昨日まではあんなに元気に殺気を漲らせて、わたしを襲って下さっていたのに……!」
おかげでこれ以上ないくらい素晴らしい修業が出来ていたというのに――
『知るか。我はもうそなたの相手はせぬ』
「!? ま、待ってください……! お、お腹でも壊しましたか……? あ、逆にお腹が空き過ぎて力が出ませんか? 人間を食べさせてあげるわけには行きませんが、とっても美味しいお肉があるんですよ? お食べになりますか? 持ってきましょうか?」
『黙れ! それは我の肉だろうがっ! 共食いなどするかあぁぁッ!』
「で、ですがあなたに元気を出して頂いて、今日も手合わせをして頂かないといけませんし……一体どうしたというのですか?」
『我は無駄な事はせぬ主義よ。遺憾だが、今の我ではそなたには勝てん――それを悟った以上、戦いは無駄でしかないわ』
「な……!? 竜の頂点を極めた神竜が、そんな事でいいのですか!? 王者の矜持は、決してそんなに安いものではないはず――!」
『…………』
「実戦こそ最大の修行と言います。戦いの中で成長したあなたは、わたしを超えるかも知れない……! その可能性は、誰にも否定できません! ですからさあ、諦めずにもう一度立ち上がって! あなたならきっとやれるはずです……!」
『ふん。無駄だな。我も成長するかも知れんが、そなたの成長はそれ以上だ。戦えば戦う程に、差は開いていく――その事が分からぬとは言わさぬぞ』
「…………」
『これを覆すには――一つは我が劇的に強くなることだが、そんな奇蹟は我が今すぐ神竜王にでも進化せぬ限り無理な話よ』
「おぉ……!? な、何ですかそれは!? 神竜よりもさらに強い竜がいると……!? どうやったらなれるのですか? 今すぐになって下さい!」
『無茶を言うな! 竜というものは、元来年を経れば経る程力を増すものだ――我が伝説の神竜王に為る時が来たとしても、それは遥かな未来の話よ――これまで我が生きて来た全ての時よりも、更に何倍もの未来のな。無論、その時そなたは生きてはおるまい』
「……もう何度か転生しないと無理そうですね――また女神様にお会いしてお願いできれば……? とはいえ、どこにおられるのか――」
女神アリスティアの気配は、今のこの世界からはどこにも感じ取れないのである。
『もう一つ、そなたとの差を縮める方法がある』
「?」
『それは、そなたの衰えを待つという事だ。我にとって、人の一生などほんの泡沫の如き一時に過ぎん。ゆえにこれ以上戦ってそなたを成長させることをせず、老いて衰えるのを待ち、そこを食い殺してくれる――我ら竜と人とでは、時間の尺度が違うのだ。そこを利用させてもらうとしよう』
「……! そ、そんな――」
フフェイルベインのその戦略は、はっきり言って有効だった。
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