第250話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)23
「そして嬉しいです。あの強大だったあなたを、こうして力で捻じ伏せる事が出来るようになったのですから――ふふふっ」
イングリスはぐっと拳を握りつつ、可愛らしい微笑みを浮かべる。
前世のイングリス王には、とてもできると思えなかった事だ。
これは自分にしか分からない事だが、結構な偉業だと思う。
今自分は明確に、実力において――前世のイングリス王を超えた。
この神竜フフェイルベインを真っ向叩き伏せることで、それを証明して見せたのだ。
自分にしか分からないが、これは喜ばしい事実だ。
まだ15歳でここまで到達できたのだ。まだまだ老いて衰えるには早い。
もっともっと上を目指せる。
これに満足せず、まだまだ自らの武を突き詰めていこうと思う。
今回、身に着けたばかりの竜理力に頼ってしまったので、次はこれを使わずに霊素の力のみでの勝利を目指してみようか、と思う。
イングリスに竜理力が無ければ、結果はもっと分からなかっただろう。
その点、イングリスにとっては運がよく、フフェイルベインにとっては運が悪かった。
神竜も驚いていたが、何故イングリスに竜理力が宿っているのか――考えられる理由は一つ。
それは、イングリスがフフェイルベインの肉を食べたからだ。
かつてのイングリス王の時代――『竜殺し』の伝説を耳にしたことがある。
曰く、竜を殺した戦士にはその竜の超常的な力が宿る――と。
しかし実例を見た事は無かったので、半信半疑の噂話に過ぎないと思っていた。
そもそも竜を屠れる時点でその戦士は超人的な力を持っているわけで、見分けも付きにくいだろう――と。
しかしそれは、どうも事実だったようだ。
イングリスの身にフフェイルベインの竜理力が宿った事からも明らかだ。
フフェイルベインにとどめを刺したわけではないが、肉を切り取って食べた事が『竜殺し』に相当する行為だったようだ。
そこは、伝説とは少々異なるが、元々が漠然とした話だから、そういうものなのだと納得する他ない。
そして、伝説との相違点はまだあり――どうやら、フフェイルベインの肉を食べた全員に竜理力が宿るわけではない。
イングリスには竜理力が宿ったが、ラフィニアやレオーネ達には変化はない。肉の摂取量が問題の可能性もあったが、イングリスと互角の量を食べていたラフィニアにもその兆候は見られない。なので摂取量の可能性も低い。
要は伝説では竜を殺せば誰にでもその力が宿るように聞こえるが、そうではないということだ。神竜の竜理力との相性があり、相性のいい者しか竜理力を身に着ける事は叶わない。
その相性の条件は不明だが、イングリスとしては新たな力は大歓迎だ。
もっと強く、遥かな高みを目指して行けるのだから。
この竜理力も訓練に訓練を重ねて使いこなし、自分のものにして見せる。
今はまだ、竜理力を操って出るのは神竜の幻影の手や尾だ。
これは明らかに、借り物の力が宿ったような状態に過ぎないと推測できる。
完全に竜理力を自分のものとして取り込んだのなら、自分の身体に沿って収束させた竜理力はイングリスの手や脚の形を模すはず。
そういった点では、まだまだだ。
霊素の扱いもまだまだなのに、竜理力まで得られるとは嬉しい悲鳴を上げざるを得ない。
新たな力を使いこなすためにも、もっともっと訓練が必要だ。
幸い最高峰の手合わせ相手はここにいる。これから何度も、お相手願う事にしよう。
わざわざ遠い北のアルカードまでやって来た甲斐があるというものだ
「クリスー! 大丈夫? もう近づいていい!?」
と、ラフィニアの声が上から降ってくる。
ラフィニア達は星のお姫様号ともう一機の機甲鳥に分乗し、あるものを運んで来ていた。
それは――かなり太く長大な鎖のようなものだった。
船体にはとても乗り切らないので、端と端をそれぞれの機体に括って運んで来たのだ。
「うん。大丈夫だよラニ! ありがとう、その鎖を下に落としてくれる?」
「おっけー! 行くわよ!」
ジャラララララッ!
音を立てて空から降ってくるそれを、イングリスはバシッと掴み取る。
硬い手触り。不揃いに尖った形状――歪な形の鎖だが、その強度は尋常ではない。
何故ならこれは――フフェイルベインの竜鱗を使って編んだ鎖だからだ。
イングリスが陣地の外れで竜鱗の現地加工に挑戦し、出来上がったものだ。
こんな事もあろうかと――作っておいたのだ。
いくら神竜フフェイルベインと言えども、自慢の超強度の竜鱗で編んだ鎖はそう簡単に引き千切れないだろう。
彼にはまだ食糧供給も、手合わせ相手も務めてもらわねばならない。
しかし、だからと言って大人しくしているような性格でもない。
ならば――こうする他は無いだろう。
「済みませんが――少し大人しくしていて下さいね?」
イングリスは竜鱗の鎖で、フフェイルベインの身体をぐるぐる巻きにして行った。
そして、暫くの後――
「今日は楽しかったです――どうもありがとうございました」
イングリスはまだ気を失っているフフェイルベインに、丁寧にぺこりと一礼する。
「いや、お礼だけは丁寧だけど、めちゃくちゃ荒っぽいわねこれは――」
「そ、そうね……ちょっと気の毒だわ――」
「で、ですわねえ――」
ラフィニア達は呆れたように声を上げる。
「そう? 大丈夫だよ。明日手合わせする時、わたしから謝っておくから」
「またやる気かよ――駐屯地は巻き込まないでくれよ」
「お、お願いしますね、イングリスちゃん……!」
「うん。じゃあ戻ろうか。思いっきり戦ったらお腹も空いたし」
そして後に残ったのは――
竜鱗の鎖で簀巻きにされた上、しっかりと尾を切り取られ、食料調達された後のフフェイルベインが転がる姿だけだった。
その夜――恨めし気な唸り声が、一晩中野営地に鳴り響いていた。
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