第249話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)22
『ぅぐ……っ!? ぐおおぉぉああぁぁ……っ?』
フフェイルベインの巨体が、空中で大きく傾ぐ。
「あなたのお腹は超強度の竜鱗に覆われているわけではありませんから――ね?」
フフェイルベインの頭や首、背や尾は非常に硬い竜鱗に包まれているが、腹部はそこまでではない。空を飛んで上から見下ろしてくるという事は――下から見る側としては、比較的柔らかい腹部が剥き出しという事だ。向こうが思っている程には、こちらの不利一辺倒というわけではない。
『ぬううぅぅぅぅぅぅっ!? この程度でえぇぇぇ――っ!』
一瞬ゆらいだフフェイルベインが、体勢を立て直す。
有効打にはなっただろうが、流石の打たれ強さである。
そして頭に血が昇ってはいても、戦いぶりは冷静なのも流石だ。
さっと地面に降りて身を低くし、こちらに竜鱗に覆われていない面を晒さないように構えるのだ。それでも、イングリスからすれば見上げるような高さだが。
「今度は接近戦――ですね?」
『先程我は悟ったぞ――単純な力ならば我が押し勝つ――!』
確かに、フフェイルベインの見立ては理に適っている。
あちらの竜理力を凝縮した幻影の尾や手の一撃と、霊素殻を纏ったこちらの直接攻撃の威力はほぼ等しい。
そしてこの接近した間合いで打ち合えば、あちらの攻撃には竜理力だけでなく肉体そのものの力も乗る。
その分、フフェイルベインがイングリスを圧する事になる。
圧して押し込んで――一旦そうなってしまえば、小さな人間の体など簡単に壊れる。
これまでの戦いから、フフェイルベインがそう判断するのは正しい。間違いない。
だが、間違っている――!
『オオオオオオオオオオオォォォォッ!』
「はああああぁぁぁぁぁっ!」
ドガアアアァァァァァァァァァンッ!
フフェイルベインの無骨に尖った巨大な手と、それに対して小さく、白魚のようなイングリスの手。
それが真っ向ぶつかり合って轟音を立て――
押し負け仰向けに倒れたのは、神竜フフェイルベインのほうだった。
『な……んだと――っ!? バカな――――――ッ!?』
フフェイルベインは思わず叫んでいた。
おかしい。絶対におかしい。何故――何故だ?
それはこの結果に対してではない。
自分が正面からの拳のぶつかり合いで押し負けた理由は、明確に理解できた。
簡単だ。あの老王が生まれ変わった結果だというこの娘に、別の力が働いたのだ。
それがフフェイルベインには、誰よりも明確に理解できた。
白っぽい半透明の巨大な竜の手が、イングリスの側にも表れて、彼女の拳に重なって後押しをしたのである。こちらの使う幻影の手そのものだった。
その力が加わったことにより、激突はこちらが力負けし、体が裏返るほどに弾き飛ばされてしまっている。
力の足し算をすれば、結果は理解できる。だが――
『何故だ……!? 何故そなたが……ッ!?』
声は上げたが――戦いへの集中は切らさない。
裏返った体制では腹部ががら空きだ。
この隙に撃ってくることを見越して、腹に竜理力を集中して衝撃に備えつつ、可能な限り早く身を起こす。
その反応の俊敏さが幸いしたか――
腹部への攻撃を受ける前に、体勢を立て直す事に成功した。
『我が竜理力を……! 一体何故――!?』
フフェイルベインはイングリスに視線を向け――
たのだが、元居た場所に既にイングリスの姿は無かった。
『ぬぅぅっ!? 何処だ……っ!?』
「いくら硬い鱗であっても――衝撃は中に伝わりますよね!?」
『――上っ!?』
フフェイルベインが上に視線を向けると――
イングリスは身を強く捻り、蹴りを振り抜く寸前の姿勢だった。
如何にも形がよく美味そうな脚には――
先程と同じように、竜理力で発現した幻影の竜の尾が纏わりついている。
それが――その場のフフェイルベインの目に映る光景の最後だった。
「はあああああぁぁぁぁぁっ!」
ドゴオオオオオオオオオオオォォォォッ!
霊素殻に更に竜理力を上乗せしたイングリスの蹴りが、フフェイルベインの頭部に炸裂する。
いくら超強度の竜鱗に覆われていても、頭部への強烈な衝撃は中身の脳を揺らす。
イングリスの渾身の一撃を頭に受けた神竜の身体は、ぐらりと傾き――
大きな地響きを残して、その場に倒れ伏した。
「…………」
イングリスは身構えたまま、しばらく様子を窺う。
――起き上がってこない。どうやら昏倒させることが出来たようだ。
少し警戒を解き、一息して額に滲んだ汗を拭う。
「ふぅ――ああ、楽しかったなあ……」
流石は、神をも滅ぼすと言われた神竜フフェイルベインだ。
その力の手応えは尋常ではなく、イングリス・ユークスとしてこれまで戦ってきた強者達と比べてもずば抜けていた。
フフェイルベインと正面から戦って勝負になりそうなのは、血鉄鎖旅団の黒仮面か、虹の王の力を取り込んで異常な進化をしていそうなユアくらいだろうか。ユアの力は謎が多く、未知数な面も多いが。
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