第248話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)21
『いつまでも逃げ切れはせんぞッ!』
神竜は高度を保ったまま竜の吐息を吹き出しつつも、前足を叩き付けるように振り下ろす。
当然空中であるためそれはイングリスに届かず、当然空振りになるはずなのだが――
その巨大な手の動きが、イングリスの目には二重にブレたように映った。
幻影竜のような色合いの、白っぽい半透明の巨大な竜の手だ。
それが、本体の動きに追従して現れたのである。
幻影竜ではなく、幻影の手と言えばいいだろうか――
「――!」
それが本体から離れた地表にまで飛んできて、イングリスの頭上を襲って来る。
その強大な破壊力は、神竜本体の力をも上回りそうな程で――
ドゴオオオォォォンッ!
地面に穴を穿ち、轟音を立てる。
同時に周囲を埋め尽くそうとしていた氷塊も破壊され、その破片が飛び散って舞い上がる。見た目には、視界一面が星のように煌めくような、幻想的な風景だ。
これは、幻影竜を応用した攻撃方法だ。
生体的な気が自然と眷属の形を取り、敵を攻撃する現象が幻影竜。
その力の流れを意図的に操り、肉体の一点に集中すれば――
それがもう一つの手足となり、本来の肉体と同等以上の破壊力を発揮するわけだ。
幻影竜がある程度本体を離れて活動していたように、これもある程度本体から離れた位置にも作用するようだ。
霊素殻を発動したイングリスには、幻影竜の牙は通らない。
だから力を集中しその分破壊力を上げて来たという事だ。
見た所、この技の破壊力は本体のそれをも上回る。
本体の攻撃も届く近接戦闘ならば、打撃と同時にこれを重ねる事により、単純に威力は倍以上に跳ね上がってくるだろう。
これと真っ向力比べをしてみたいが――今の戦況はそれを許さない。
遠距離からの竜の吐息に加え、この幻影の手も走り回るイングリスの追跡に加わる事になり、回避し続ける難易度がより上がった事になる。
降って来た幻影の手を飛び退いて避け、その着地点に先回りした極寒の吐息は氷の剣を地面に突き刺して急停止して回避。
竜の吐息はすかさず方向を変えて追って来るが、前方に駆け出して振り切った。
そこに頭上から降ってくる半透明の神竜の右手。
気配を察したイングリスはすかさず進行方向を左に切り替えて進む。
その進路の鼻先を抑えるように叩き下ろされる幻影の左手は、イングリスではなく大量の氷塊を叩き潰す。
この一撃はイングリスの進路には落ちたが、直撃する位置ではなかった。
こちらの動きを追っているが、追い切れていない――と言った所だろうか。
このまま回避を続けることは出来そうだが――
『これを受けよッ!』
ならば、と言わんばかりに神竜は巨木のような尾を振り上げる。
手が足りぬなら、尾を増やせをいうわけだ。
地表に生み出された幻影の尾は、イングリスの視界の右手から――
その軌道上の広大な範囲の氷塊を薙ぎ払いながら突進してくる。
ドガシャアアアアァァァァッ!
巨木のような尾が氷塊を砕く音。そして、氷塊と氷塊がぶつかる音。
散々御馳走になった極上の肉質の尾は、破壊力のほうもまた極上。
それを超える威力を持つ幻影の尾の破壊力は、言わずもがなである。
その薙ぎ払い自体は飛び上がって避けたが――
大音声と視界を埋め尽くすほどに大量に飛び散った氷のかけらが、状況把握を極端に困難にさせる。
――そこを見逃す、フフェイルベインではない。
『捉えたぞッ!』
「っ!?」
ドゴオオオォォォッ!
そこに、横殴りの衝撃がイングリスを撃つ。幻影の右手が繰り出した一撃だ。
イングリスの身体は物凄い勢いで吹き飛び、地面に激突。
衝撃で大きく体が跳ね、二回、三回――目で体勢を立て直して着地をした。
「ああ、服がちょっと破れちゃった――」
『このまま叩き潰してくれるわッ!』
すかさず、幻影の左手がイングリスの眼前に迫って来た。
「いいえ、お断りします――!」
せっかくラフィニアが手作りしてくれた大事な服なのだ。
ここで駄目にしてしまうわけには行かない――!
ドゴオオオォォォォォンッ!
イングリスの繰り出した右の拳が、幻影の左手と正面衝突。
その衝撃が、周囲に降ってくる巻き上げられた氷塊を吹き飛ばす。
一点集中し神竜の肉体をも超える威力を発揮する竜理力とのぶつかり合いは、流石に幻影竜に拳を叩き込んだ時のようにはいかず、互いの威力がせめぎ合って停滞をした。
「……っ! ふふふっ――素晴らしい手応えです!」
僅かにイングリスが押し勝って、幻影の左手が逸れて後ろに流れて行ったが――
霊素殻を発動したこちらの拳打と、威力はかなり近いと言える。
衝突で腕に覚えた痺れが心地良く、イングリスは笑みを禁じ得なかった。
ずっとこうして激闘を楽しんで、お腹が空いたら尻尾を切って食べさせて貰える。
神竜とは何と素晴らしい存在なのだろうか。何一つとして無駄がないではないか。
『ちっ――! だが我に翼がある限り……!』
立ち位置の有利は揺るがない、とフフェイルベインは言いたいのだろうが――
「そうとも限りませんよ――!」
イングリスは全速力で地を蹴った。
その身は飛び上がるが、真っすぐ神竜に向かう軌道ではない。
目標の地点は――先程のフフェイルベインの尾の薙ぎ払いで大量に、高く舞い上げられた氷塊のうちの一つだ。
その猛烈な威力ゆえにあまりに高く巻き上げられ、まだ周囲に降り注いでいるのだ。
「はああぁぁぁっ!」
氷塊を足場として蹴り、別方向に跳躍。
次、さらに次――連続して氷の足場を蹴りながら、イングリスは空に昇って行く。
真っ直ぐ飛び上がって攻撃などしても、この距離では反応されて対応されてしまう。
こうして氷塊に身を隠しつつ、複雑な軌道で接近する事により、フフェイルベインはイングリスの動きを捉え切れない。
あの尾の攻撃は、向こうがイングリスを捉える切っ掛けになったが、イングリスにとっての好機も生み出していたのだ。
『ぬううううぅぅっ!? おのれちょこまかと――!』
「足場を作って頂いて、ありがとうございます……! そしてもう一つ――空にいるから有利とも限りません……! なぜなら――!」
ドゴオオオオオオオオオォォォォン!
それまでで最大の轟音が鳴り響いた時――
矢のように真っ直ぐ体ごと突撃したイングリスの蹴りが、フフェイルベインの腹部に深々と突き刺さっていた。
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