第246話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)19
『不遜な態度よ――だが、よかろう……! この飢えを満たし、かつて受けた屈辱を晴らす――望む所だッ!』
グオオオォォッ!
フフェイルベインは高らかに咆哮し、前足を振り上げイングリスに叩き下ろす。
見上げるような巨体でありながら、その動きは俊敏で鋭い。
瞬きする間に、凶悪な爪が生えた前足がすぐ眼前に迫っていた。
ドガアアァァンッ!
衝撃が地を撃ち、爆発したような音が響き渡った。
それだけの質量と威力が炸裂したにも関わらず、土埃や土砂の類は飛散しない。
それは――イングリスがその場に踏み止まって腕を組み、フフェイルベインの一撃を真正面から受け止めていたからだ。
そのおかげで足元の地表は、吹き飛ばされる事を免れたのだ。
フフェイルベインの攻撃の余りの圧力に、足元がひび割れて陥没してはいるが。
『……どうした、若返った割に動きが鈍ったのではないか? まさか、か弱き女の身になった故などと言うまいな』
「まさか。今のわたしはあなたの知る老王とは別物――単に攻撃を受け止めてみたかっただけです」
国と民の運命を背負う王ならば、どんな戦いでもなるべく被害を抑えて戦うのが正しい。フフェイルベインのこの挨拶代わりの一撃は、避けるのが当然の選択肢となる。
しかしこのイングリス・ユークスの戦いは、相手の力を真正面から受け止めて、そして勝つものだ。それが一番、自らの成長に繋がる。だから、そうしたまでの話だ。
こうしているうちにも、神竜の腕はイングリスを叩き潰そうと、恐ろしいまでの圧力を加え続けてくる。それが心地良く、イングリスの顔からは笑みが絶えない。
『ふん。それが単なる痩せ我慢でないか、試してくれよう――!』
「どうぞ。いくらでも――!」
『後悔させてやろう……!』
ゴアアァァッ!
フフェイルベインが一声吠えると、その身から無数の幻影竜が生み出される。
それが一斉に、前足の圧力を堪えるイングリスへと殺到する。
「「「グオオオオォォォッ!」」」
その咢の鋭さは、生身で受けてしまえば手傷を免れ得ないだろう。
だがこれは、神竜にとっては搦手程度の攻撃方法だ。
そんなものに、この衣装を引き裂かれるわけには行かない。
神竜にとっては単なる生贄の証の死に装束かも知れないが――
そんなものは関係なく、ラフィニアに作って貰った大切な服なのだ。それに可愛らしくて見た目も気に入っている。
「はああぁっ!」
――霊素殻!
イングリスの身を包んだ霊素の波動は、幻影竜の牙を弾き返し一切の傷を受けない。衣装の方も当然無事だ。
『ぬうっ……! 忌々しき神の力よ――』
「これだけでは、ありませんよ!」
先程までは、霊素殻を使わずに神竜の力を受け止めていた。
それを発動した今なら――!
「はあぁっ!」
拮抗していた神竜の前足との押し合いが、一気にイングリスの優位に傾く。
真っ向から押し込んで、強引に前足を弾き返す。
巨大な手によって塞がれていた前方の視界が開け、神竜の姿全体が目に入った時――
既にその口元には、冷たく煌めく輝きが渦を巻くように収束していた。
「――!」
流石に隙が無い――!
これは神竜フフェイルベインのがその身に宿す凍結の力を凝縮した、竜の吐息だ。
まともに浴びれは人体など一瞬にして凍結し、そこに衝撃を受ければ粉々に打ち砕かれてしまう。
前世の時代の神竜との戦いでは、何人もの人間がそうなるのを見た。
フフェイルベインの攻撃の中でも、最大の威力を誇るもののうちの一つだろう。
ブオオオオオオォォォォッ!
猛烈な唸りを上げて噴出される極寒の輝き。
「真っ向勝負っ!」
――霊素弾!
イングリスは輝く吐息の真正面に、霊素の光弾を打ち込んで応じる。
スゴオオオオオォォォッ!
竜の吐息と霊素弾の軌道が真っ向からぶつかる。
双方の威力のせめぎ合いは暫く均衡したが――
霊素弾の方が押し込み始め、次第に神竜の方に進んで行く。
『ぬううう――!?』
「――そこですっ!」
霊素弾の後に必要な、若干の間は既に過ぎた。
――追撃の霊素殻から、霊素壊に繋げる!
イングリスは霊素殻を発動。
地面を蹴って、じりじりと進む霊素弾に飛び込もうとした瞬間――
『ぬうううぅぅぅっ!?』
神竜は驚くような俊敏さで身を捻り、巨木のように太くて長い尾を振り抜く。
バヂイイイイィィィンッ!
それが霊素弾を撃ち、本来の軌道を大きく逸れて弾き飛ばされる。
――これでは霊素壊を狙い通り炸裂させることは出来ない。
「やりますね……! ですが!」
イングリスは踏み込みの角度を即座に切り替え、弾かれた霊素弾の軌道上に回り込む。
「せっかくですから、受け取って下さいね!」
ドゴオオォォッ!
振り抜いた蹴りが、再び霊素弾を神竜の方へ撃ち返す。
『――小癪ッ!』
フフェイルベインの反応や動きには、巨体ゆえの鈍重さなど微塵も無い。
撃ち返した霊素弾にも俊敏に反応をして見せる。
バヂイイイイィィィンッ!
再び振りかぶった尾が、霊素の光弾を別方向に弾き飛ばす。
「まだまだッ!」
今度はフフェイルベインの頭上方向に撃ち上がった光を、拳で殴りつけて叩き下ろす。
『――しつこいぞッ!』
再び巨木のような神竜の尾が、鞭のように柔軟に撓って唸る。
その神の光をも弾き返す一撃は――今度は強烈な風切り音を立てて空振りをした。
『ぬぅ……ッ!?』
霊素弾が途中でガクンと進路を変えて、尾撃の軌道を外れたからだ。
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