第239話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)12
ガキイィィン! ガギイイィン! ガイイイィィィンッ!
機甲親鳥を停泊させた森の中の野営地に、硬い金属音が鳴り響く。その音を立てているのは、レオーネとリーゼロッテだった。
手に握った黒い大剣の魔印武具を振り下ろす手を止めて、ふうと大きく一息をつく。
「……駄目ね。全然が歯が立たない――」
切り取って来た巨大な神竜の尾を、ある程度細かく解体しようと試みたのだが――
強固な竜鱗に阻まれ、外から輪切りにしようとしても、刃が全く通らない。
鋼を遥かに上回るような、恐ろしい強度である。
近づいて、斬撃を加えた位置をよく見ても、かすり傷一つ残っていない。
「これだけの強度なら、武器や防具に加工出来たら役立ちそうだけど――逆に強度が高すぎて、それも難しそうね……」
騎士アカデミーに持ち帰って、ミリエラ校長やセオドア特使に見て貰えば有効に使ってくれるかも知れないが。
レオーネが考えるのは、ここにいるリックレアの生き残りの人達や、食用不足に陥っている周辺地域の人々のために、今すぐに何かに利用できないかという事である。
そういう意味では、なかなか扱いの難しい代物のようである。
「やはり、切断面からくり抜いて行くように肉を切り出す他はありませんわね――」
リーゼロッテも手を止めて、少し歩いて巨大な尾の切断面の前に立つ。
「そうね――そうするしかないか」
レオーネもリーゼロッテの横に並ぶ。
真っ直ぐ水平に切り落としたはずの切断面には、既に大きな穴が一つ穿たれている。
それが誰の仕業かは――言うまでもない。
ジュウジュウと肉が焼ける音と、世にも嬉しそうにはしゃぎ合う声は、レオーネの耳にも届いていた。
「うわあぁぁ――すっごいいい匂いして来たわね……! 肉汁すごーい! こんなの見たことないかも……!」
「そうだね。竜の肉だから、何か違うんだろうね。美味しいとは聞くけど、わたしも実際に食べるのは初めてだから――」
イングリスとラフィニアは、大人の身長より肉の塊を焼き上げている最中だった。
機甲親鳥の積荷にあった槍をぐさりと豪快に突き刺し、それをイングリスが片手持ちして火に焙っていた。
これも訓練――というには少々負荷が足りないが、悪くはない。
細かく表裏を変えて、火を隅々まで通すのにも向いていると言える。
イングリスのような神秘的なまでの美貌の少女が、片手で身の丈よりも大きな肉の塊を焙り焼きしているのは、傍目には異様な光景と言えるだろう。
だがこの場にいる全ての人間は、それよりも遥かに巨大な神竜の尾全体を嬉しそうに運んで戻ってくるイングリスの姿を先程目撃したばかりだ。
だから誰も、イングリスの行為を見咎める者はいなかった。
少しずつ火が通って焼き上がって行く肉の様子を見つめる二人の瞳は、うっとりと夢見るように輝いて、とても幸せそうである。
「あぁ、いいわねぇ――思えばアルカードに来たら現地の美味しいものを一杯食べ歩こうって決めてたのに全然できなかったし、これが初めてね……! アルカードの名物ってわけじゃないけど、それ以上に珍しいわよね、これは……!」
「うん、竜の肉なんて殆ど伝説上の食べ物だし――母上達と約束したお土産にもぴったりだよ。きっと喜んで貰えるよ」
「お。いいわねそれ! あ、でもユミルまで持って帰る間にお肉が痛んで、食べられなくなるんじゃ――?」
「干し肉にして、保存が効くように調理すればいいよ」
「おぉ。それだわ! じゃ後でいっぱい干し肉作らなきゃね!」
「うん。そうだね」
「でもその前に、あたし達は焼きたてのお肉を頂くのよ――! ふふふ……お母さま達には悪いけど、これは現地にいるあたし達の特権なんだから――ね、ね、そろそろ食べられるんじゃない?」
「もうちょっと焼いた方がいいかも。塊が大きいから、火が通るのも時間かかるし――」
「えええぇぇ? まだぁ? もういい匂いしてるわよ? 誰よこんな大きな塊を丸ごと焼こうとしたのは――」
「……ラニでしょ? そのほうが迫力があって美味しそうって言ったじゃない――」
「だって一回やってみたかったんだもん……! 女の子の憧れというか、夢でしょこういうの?」
「まあ、それは否定しないけど――」
「いや、それを女の子全員に当てはめられても困るけど……」
「まあ、確かに見応えはありますけれど――」
レオーネとリーゼロッテが戻ってきて、呆れ声でそう言ってくる。
「レオーネ、リーゼロッテ。そっちはどうだった?」
「駄目だったわ。竜の鱗には硬くて刃が通らない――」
「この場で何かに利用するのは難しそうですわ。住民の皆様にお配りする食料は、断面からくり抜いて行けば済みますが――」
「じゃ後でわたしも試させてもらおうかな。ちょっと用意しておきたいものもあるし」
「え? 何の用意?」
「うんまあ……安全のため? いや、戦いをもっと長く楽しめるようにするため――?」
「どっちなのよ、それは――」
「振れ幅が大き過ぎますわねえ……」
「まあ、大丈夫だよ。悪いようにはしないから」
と、レオーネとリーゼロッテと話しているうちに――
「きゃあああぁぁぁっ! 何これ美味しいいいぃぃぃぃっ!? 普通のお肉と全然違うわ……っ!」
ラフィニアが叫び声を上げていた。
口をもぐもぐ動かして、幸せそうな表情。
手に握ったのは小ぶりなナイフで、美味しそうに焼けた竜の肉が突き刺さっている。
こちらが話している隙を見て、大きな塊から切り取ったようだ。
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