第238話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)11
「やった……! 切れた――!」
「すごいわよ、レオーネ! これで美味しいお肉が食べられるわね!」
「やりましたねっ!」
操縦桿を握るラフィニアに、同乗して支援に専念しているプラムも声を上げる。
「ええ、イングイリスのお膳立てとプラムの支援があっての事だけど――今のはいい手応えだったわね……!」
こんな巨大なものを輪切りにする経験など、なかなかなに貴重である。
レオーネは手に覚えた感覚を確かめるように、ぐっと拳を握る。
「おい、デカい尻尾が倒れてくるぞ! 気を付けろよ!」
少し離れた位置の機甲鳥から、ラティの声がかかる。
確かに巨木のような尾はぐらりと傾いで、星のお姫様号の方に倒れ込もうとしていた。
もし巻き込まれれば、その膨大な質量は、容易に星のお姫様号を押し潰すだろう。乗っているラフィニア達も無事には済まない。
「分かってますって! お肉を味わう前にそんなヘマしないわ。楽しみにしてたし!」
ラフィニアは船体に回避行動を取らせようとするが――
特にその必要はなかった。
次の瞬間、倒れ込む神竜の尾にイングリスが飛びついて、倒れてくる重量を受け止め、ひょいと肩に担ぎ上げたからだ。
身の丈の何十倍もありそうな、巨木のような竜の尾を平気で肩に担ぐ絶世の美少女――
ラフィニア達の目の前に飛び込んできた光景は、そのようなものである。
しかもとても可愛らしい、満面の笑みである。嬉しそうに竜鱗に頬ずりしそうな程だ。
「よ、よくあんなもの持てますね……!? 普通ぺちゃんこに潰されちゃいますよ……!?」
「ははは――まあクリスのする事にいちいち驚いていられないわよ」
「そ、そうね……まあ、そのまま運べるならその方が都合がいいし――」
このままここから動かせないとなると、幻影竜が湧き出す危険地帯の中に捨て置くことになり後から手が出し辛くなってしまう。
安全圏に持ち出せるならば、そうした方がいい。
「ありがとう、レオーネ、みんな! 狙い通りだったね」
ラフィニア達に向けて、イングリスは笑顔で呼び掛けた。
霊素反でフフェイルベインの竜鱗を削って防御力を落とし、そこをプラムの支援を受けたレオーネに切り落してもらう。その作戦が見事に嵌った。
イングリスが独力で神竜の尾を切り落そうとしても、霊素弾では弾かれてしまい威力不足で、霊素壊では逆に強力過ぎて神竜の尾自体を吹き飛ばして消滅させてしまう懸念があった。
その中間威力の戦技は無い。霊素とは扱いが難しく、応用の効きにくい力なのだ。それでも色々と扱いの幅を開拓している最中だが、まだまだ発展途上である。
そこでこの作戦だった。これを単に相手を破壊する事が目的の戦闘ではなく、極上の食材を得るための狩りと考えると――レオーネに任せて切って貰うのが、食材を傷めないためには一番望ましいだろう。
ズズズズズ――――
足元に揺れを感じる。地面が震え出していた。
尾を切り落される傷を負ったフフェイルベインが、痛みに目を覚まして起き出してくるだろうか――?
幻影竜達はもうこちらには構わず、巨木の切り株のようになった尾の切断面に密集して、本体に吸収されて行く。傷の治癒を早めるための本能的な動きだ。
しかしこれだけ見事な傷跡は、流石にすぐには塞がらないだろう。
ここで――最後の締めである。
「ラニ……! 最後にあれお願い!」
「うん任せといて!」
ラフィニアがレオーネと操縦を交代。
力強く光の雨を引き絞ると、手の中に生み出される光の矢は、淡い水色の輝きを放っていた。
ラフィニアが昔から慣れ親しんだ、光の矢を操る攻撃の奇蹟。
少し前にセオドア特使から授けられた、触れた者の傷を癒す治癒の奇蹟。
二つの奇蹟の力が合わさった、癒しの光の矢だ。
これは撃った者の傷を癒す効果を発揮する。
それをラフィニアは、フフェイルベインの尾の切断面へと向けて放った。
バシュウウゥンッ!
水色の光の矢が着弾し、尾の切断面に吸い込まれていく。
「どう――!? 効いてくれるといいんだけど!」
ラフィニアは慎重に、後の様子を窺う。
尾の傷口全体が優しい、水色の光に包まれていた。
そして次の瞬間――ばっと幕を張るように、皮膚が再生して傷口が覆われた。
短くなってしまった尾は、ウネウネと内側から盛り上がるように伸び始める。
急速な再生が始まっていた。
これもプラムの支援で力を増しているとは言え、目に見えて分かる効き目だった。
「お……!? 効いてくれたわ!」
「やったね。肉がぐんぐん再生してるよ――」
これならば一晩もすれば、元通りになるのではないだろうか。
同時に痛みも消えて落ち着いたのか、地面の振動も無くなった。
フフェイルベインが落ち着いた証だろう。
個人的には早く起きて頂いて手合わせを願いたい気持ちもあるが――
今はもう一つの願いを優先するのも悪くは無いだろう。
「やったわね! これなら食べ放題じゃない!」
「そうだね、ラニ。また尻尾が再生したら切りに来ようよ」
「うんうん! なら遠慮はいらないわよね! 食べて食べて食べまくるわ!」
「とことん付き合うよ、ラニ!」
イングリスとラフィニアは輝くような笑顔で頷き合う。
「よし、じゃあ早速戻ってお肉を焼こうよ」
「おーっ! 頑張って運んでね、クリス!」
「任せて!」
イングリスは嬉しそうな笑顔で、身の丈の何十倍もある巨大な神竜の尾を引きずって機甲親鳥の元へと帰って行った――
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