第236話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)9
ブウゥゥゥゥン――
ブイィィィィィン……!
二機の機甲鳥が三人ずつを乗せて浮遊する。
「――じゃあ行くわよ! いいわね――!?」
星のお姫様号の操縦桿を握るレオーネが、皆に呼びかける。
「「「うんっ!」」」
皆が頷くと二機の機甲鳥は一気に加速し、幻影竜の生息域内へと突入した。
「「「グオオオォォォッ!」」」
即座に反応し、群がってくる無数の幻影竜。
機甲鳥で高速移動する限りそう簡単に取り囲まれる事は無いが、それでも進行方向に立ち塞がられてしまえば、迎撃は必要だ。
「プラムさん! お願いしますわね!」
リーゼロッテは並走する星のお姫様号に乗るプラムに呼びかける。
「はいっ! 任せて下さい!」
プラムの持つ魔印武具は、武器の形状をしておらず銀色に輝く竪琴である。
プラムがそれを奏でて音色が鳴り響くと、それに呼応するようにリーゼロッテやラフィニア達の魔印武具が薄い光の膜に包み込まれる。
竪琴が放つ音色で、周囲の魔印武具の性能を強化する――それがプラムの魔印武具の奇蹟だ。
「――迎撃しますわ!」
リーゼロッテの斧槍型の魔印武具による奇蹟の力――
いつもなら背中に顕現する純白の翼は、今はプラムの奇蹟と共鳴する事により、薄い金色の輝きを纏っていた。
ばさりと強く翼が羽ばたくと、リーゼロッテの身体は一瞬にしてフライギアの前方、こちらを待ち構える幻影竜の集団に飛び込んでいた。
「やああああぁぁぁぁっ!」
突き出した穂先が、複数の幻影竜を纏めて貫く。
中心に突撃を受けた敵集団の残りは、一斉に上下左右に散開。
それぞれの方向から、突出したリーゼロッテに迫ろうとする。
下手をすれば危機に陥るかも知れないが、ここではイングリスは手を出さない。
イングリスは後で個別行動に移るため、その間は幻影竜を他の皆で抑えてもらう必要がある。心配ないとは思うが、ラフィニア達に万一の事があってはいけない。
これはその予行演習と考え、ぎりぎりまで手出しを控えて任せるべきだった。
「――遅いですわっ!」
リーゼロッテの翼が、再び力強く羽ばたく。
散開する敵を追って斧頭を薙ぎ払うように繰り出すのだが、その飛行の軌道は、満月のように美しい弧を描いていた。
「お――?」
イングリスが知っている限り、リーゼロッテの奇蹟の飛行能力は、直線時にしか飛べなかったはず。それが、綺麗な円軌道になっていたのだ。
散開した敵にはこれは有効である。一体一体に直線的に突っ込んで、間に細かな方向転換や減速を挟んでしまうより、曲線的な動きに巻き込む方がより早く、相手に隙を与えない。
流れるような一撃で左右方向に散った幻影竜が薙ぎ払われ、更に続く一撃は上下方向の敵を消滅させていた。
――完全に、機甲鳥の進路が開いた。
そこに二機の機甲鳥が滑り込んで行く。
少し高い所にいるリーゼロッテを、追い越していく形だ。
「ナイスよ! リーゼロッテ!」
ラフィニアがそう声をかけている。
「追い越し過ぎて離れるなよ! 少しスピード落として……!」
ラティがラフィニア達の星のお姫様号に声をかける。
飛び出したリーゼロッテを安全に拾い上げるためだ。
離れ過ぎて置いて行ってしまってはいけない。
「ええ――!」
操縦桿を握っているレオーネが応じる。
「いえ、必要ありませんわ。お気遣いなく」
既にリーゼロッテは機甲鳥に追いついて、船体に取り付いていた。
「速っ――!?」
「あまりのんびりしていると、また敵が湧いて出て集まってしまいますから――ね?」
「リーゼロッテ、腕が上がったね?」
「プラムさんのおかげですわ。いつもとは、威力も速度も比べ物になりませんもの」
「でも、円に飛ぶ飛び方は練習してないとできないでしょ? プラムの魔印武具の力だけじゃなく、成長してるよ?」
「ふふっ。ありがとうございます。あなたがそう言ってくれるなら、そうなのですわね」
リーゼロッテが微笑んだ瞬間、ラティが声を上げる。
「また出た――!」
神竜の尾には確実に近づいているが、再び新路上に幻影竜の群れが立ち塞がる。
「何度来ても同じですわ――!」
「待って! 今度はあたしが――!」
ラフィニアはリーゼロッテに声をかけて制すると、星のお姫様号から身を乗り出す。
同時に愛用の弓の魔印武具――光の雨を引き絞っていた。
普段より倍加した大きな光の矢が、ラフィニアの手元に収束して行く。
「――こっちはお腹空いてるのよ! どいてもらうわ!」
ラフィニアが光の矢を放つ。
その弾速も、プラムの奇蹟により普段より大幅に向上している。
幻影竜の群れに猛然と突っ込んで行き、一瞬で数体を飲み込む。
向こうも素早く反応し、散開して被害を抑えようとするが――
ラフィニアにはそれはお見通し、かつ対応する手も備えていた。
「逃がさないわよ! 弾けろっ!」
光の矢が、細かく尾を引くような光の雨に分裂し、拡散して行く。
それが散った幻影竜達を追って貫き、殲滅をした。
「いいわよ、ラフィニア――!」
「ラニも調子いいね。いい感じだよ?」
「…………」
と、レオーネとイングリスが褒めても、ラフィニアは反応を見せない。
いつもなら、褒められたら得意気になだらかな胸を反らして見せそうなものだが。
「どうしたの、ラニ? お腹痛いの?」
「ちがうわよ! やっぱりプラムの奇蹟の支援を受けると違うわ。もっとやれそうなのよ……! 今手応えがあったわ!」
と、ラフィニアは目を輝かせる。
「また来るぞ! ったくしつこいぜ――!」
ラティが前方を見て声を上げる。
「神竜が健在なら無限に出てくるから――ずっと付き合ってくれる手合わせ相手っていいよね……!」
「喜んでる場合かって――!」
「大丈夫、任せて! いくら出て来ても――!」
ラフィニアはそう言うと、再び光の雨を引き絞って光を放つ。
今度は初めから拡散した光の矢が無数に飛び散り――それが二機の機甲鳥をそれぞれ覆うように、船体の周囲をぐるぐると回り始めた。
光の矢による防壁が展開されたような形だ。
「おぉ……!?」
今までも、ラフィニアは敵の周囲を巡る軌道で無数の光の矢を放って、かく乱に使用したりしていた。
これは防壁化出来る程に光の矢の密度を高めつつ、更にそれを高速で移動させているという事になる。機甲鳥は前に進み続けているのだ。
足を止めた相手の周囲を回るだけの使い方よりも、格段に難しい制御が必要になるはずである。
「見て! これなら気にせず突っ込めるわ! 行っちゃって!」
「分かったわ!」
「よっしゃ行くぜ!」
操縦桿を握るレオーネとラティが頷く。
周囲に光の矢の防壁が展開された機甲鳥は、幻影竜の群れにそのまま突っ込み――
「「「ギャアアァァァァンッ!」」」
バシュウウゥンッ! バシュッ! バシュウウゥンッ!
光の矢に触れた幻影竜が、吹き飛んで消えていく。
これならば――中にいればラフィニア達は安心だろう。そのまま移動も可能だ。
「凄いね、ラニ。これかなり役に立つよ……!」
「ふふっ。だから言ったでしょ? もっとやれそうって――まあプラムのおかげだけど」
今度こそ、ラフィニアは得意そうになだらかな胸を反らして見せる。
「うん。うん。でもそれだけじゃなく、ラニも成長してるんだよ」
イングリスとしても、ラフィニアが成長していく姿を見るのは喜ばしい。
思わず頬が緩んで、顔がほころんでしまう。
そしてこれなら――イングリスが単独行動に移って離れても、問題ないだろう。
丁度もう、神竜の尾も目の前だ。動き出す頃合いである。
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