第234話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)7
「では済みませんが――叩き起こさせて頂きますね?」
イングリスは見えない神竜の顔に向け、ぺこりと一礼をする。
そして、軽く足を引き半身に。腰を落として――
「はああぁぁぁぁっ!」
右足を上段に、思い切り振り抜く。
ガアアァンッ!
鋼鉄以上の強度を誇る竜鱗は、イングリスの蹴りを受けると金属音に近い大きな音を鳴り響かせる。
だが多少しなるように揺れた程度で、傷一つ無い。
それ所か、蹴りの動作でフフェイルベインの竜鱗に触れた巫女装束の裾が、一瞬で凍り付き始めていた。
「……? おっと――!」
せっかくラフィニア達に作ってもらった巫女衣装を、駄目にするわけにはいかない。
無事に騎士アカデミーに持ち帰り、宝物として大事に仕舞っておく予定なのだ。
孫娘のように可愛いラフィニアが自分のために作ってくれたものだから、当然だろう。
時々一人の時に取り出して着て、鏡に映して楽しませてもらうとしよう。
イングリスは一歩と飛び退いて尾から距離を取る。
そして様子を窺うが――何事も無かったかのように静かなものだ。
「ふふっ……さすがにこの程度では効きませんね――」
修行用の超重力の魔術は解いていたとは言え、今のは霊素を使わない生身での通常打撃。
フフェイルベインの竜鱗の強度、そして膨大な質量の前では、気付けにもなってはくれないようだ。
だが、それでいい。それでこそ神竜フフェイルベイン。
前世のイングリス王が、単独撃破を為し得なかった強者だ。
「ならば……!」
――霊素殻!
「もう一度っ!」
ドゴオオオオオォォォォンッ!
先程の何倍もの巨大な衝撃が、高く轟音を響き渡らせる。
神竜の尾はぐにゃりと大きく折れ曲がり、鞭のように地面を叩いて跡を残した。
それだけ、イングリスの与えた衝撃が圧倒的に増したという事なのだが――
しかし、神竜の尾は何事も無かったかのように元の位置に戻り、打撃を加えた位置にさしたる損傷も無い。
少し凹んだような跡があるくらいか。しかもそれも、見る見る間に打撃痕が元に復元されて行く。
恐ろしいまでの強度、柔軟性、そして回復力である。
「ふふふ――ふふふふふっ……」
思わず笑みが漏れてしまう。素晴らしい手応えだ。
イングリス・ユークスとして生きてきた中でも、これ以上はいなかったかも知れない。
ならば次はどうしてくれようか――
ギャアアアァァンッ!
グオオオォォォォッ!
ゴアアアアァァァッ!
「む……!?」
しかし、本体は相変わらず無反応なものの、周囲の幻影竜達はイングリスの行動をそれ以上見過ごさず、反応を示した。
十体以上の幻影竜達が一斉にイングリスに襲い掛かって来たのだ。
こちらとも手合わせしておきたかったところだ。
「――ありがとうございます! 歓迎しますよ……!」
言いながら、イングリスは霊素殻を解いて生身に戻る。
圧倒的過ぎる力で敵を粉砕しても、それは自分の修行にならない。
どんな戦いでも少しでも自分の成長に繋がるように――ならばこうするのが当然だ。
幻影竜達は、前後左右から一斉に大きな咢でイングリスを噛み砕こうと肉薄して来る。
――その中で右手から連なるように迫ってくる三体が、最も距離が近い!
「はああぁぁっ!」
イングリスは右手に向かって地を蹴り、真っすぐ突進。
先頭の幻影竜に右手の拳を繰り出して叩き付ける。
バアァァァァンッ!
突進の勢いを載せた拳打で、一体目の幻影竜が弾け飛んだ。
連なる後続の二体目に、左の拳――!
バアァンッ!
これも弾け飛び、さらに後続の三体目がすぐ目の前。
その時イングリスは、左の拳を繰り出した後に腰を低く、身を沈めていた。
「拳で叩き壊せるなんて、可愛気がありますね――!」
低い姿勢から飛び上がりつつ、掬い上げるように拳を放つ。
直撃した三体目も弾け飛び、同時にイングリスの体は宙に。
攻撃と同時に回避を行う身の捌きだ。
「「「ゴアアアァァァッ!」」」
その直後、イングリスと入れ替わるように、他方向から迫っていた幻影竜達の噛み付きが空振りをし、地面が抉れて穴が開く。
一体一体が、人体など容易く噛み千切ってしまいそうな威力である。
物理的な打撃も効く分、耐久力は魔石獣より脆いが、攻撃力は同程度の大きさの一般的な魔石獣を凌いでいると思われる。
「ですが、何よりも……!」
ピキイィィィィン――!
そう呟くイングリスの掌の内に、霊素から変換した魔素が集中。魔術による氷の剣が出現した。たまには、剣の稽古も悪くない。
そのまま空中からの落下の勢いも載せて、一か所に固まってしまった幻影竜達の頭上に連続突きを放つ。
ズドドドドドドドドドドッ――!
雨霰と降り注ぐ百裂突きに、襲って来た幻影竜達は全て弾け飛んで消滅した。
だがしかし――
「「「グオオオォォォォッ!」」」
すぐさまどこからともなく幻影竜が現れ、再びイングリスを取り囲んでくる。
「いくらでも湧いて出てくる敵……! 素晴らしいですね――」
魔石獣でもこうは行かない。魔石獣は虹の雨が降らないと生まれてはくれないからだ。
幻影竜には、そういった自然現象の制約はない。
神竜さえ健在であれば、いつでも気が向いた時に戦って貰える相手なのだ。これほど都合のいい相手もいないだろう。
欲を言えば個々の強度をもう少し上げてもらいたいが、そこは一か所に何体も詰め込んで凝縮したりしてみれば合体したりするかもしれないし、色々試してみる余地はある。
ともあれ、イングリスにとっては素晴らしい訓練相手なのは間違いない。
嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。
「さぁ、もう少し付き合ってください――!」
イングリスは駆け出して助走を取ると大きく飛び上がり、高い位置にいた幻影竜に飛び蹴りを見舞う。
「はああぁっ!」
バアァァァァンッ!
弾け飛ぶ幻影竜。イングリスは蹴りの反動を利用し、さらに高く遠くに飛ぶ。
常に数を補充してイングリスを取り囲もうとする幻影竜の動きは、空中のイングリスに常に足場を用意してくれるようなもの。
イングリスは次々幻影竜を蹴り飛ばしながら、その反動を利用してさらに飛び続ける。
バンッ! バンッバンッバンッ! バアァァァァンッ!
最後に一際高く飛び上がり、空中で二回宙返りを挟んで着地をしたのは――
「――ただいま!」
そこは幻影竜達の生息域外ぎりぎり――つまりラフィニア達のところである。
「お、お帰り……楽しそうに暴れてたわね~。クリスったら――」
ラフィニアがはぁとため息をついている。
「す、凄い動きでしたねイングリスちゃん――じっと見てるはずなのに見失っちゃうくらい早くて……!」
「本当は見とれてばかりでもいけないんだけど――最高のお手本ではあるわね」
「み、見れば見るほど、あそこまでの動きは真似出来る気がしませんけれども、ね……」
「みんなも、毎日あれと修行すればきっと出来るようになるよ! すごくいいよあれ、いくらでも沸いてくるからいくらでも戦えるし、結構手応えもあるし――修行には最高だよあれ……!」
興奮気味に語るイングリスだが、横からラフィニアが窘める。
「いや、こらこら。待ちなさいクリス。興奮するのはいいけど目的はそうじゃなかったでしょ? あの竜の話は聞けたの? 何か尻尾を蹴り飛ばしてたけど……?」
「ああそれがね、たぶんまだ眠ってるんだと思う――起こそうと思って蹴ったけど、全然効かなかったみたい。そしたら幻影竜が反応して――」
「戦ってたら楽しくなっちゃった?」
「うん。ずっと戦える相手っていいよね!」
イングリスは目を輝かせて強く頷く。
「……いやまあそこは個人の感性によると思うけど――じゃあ何も進展はないって事?」
「ううん。神竜が眠ってそうなのは分かったから――今のうちにみんなに手伝って貰いたい事があって……」
それで幻影竜達を蹴り飛ばしながら戻ってきたのだ。
「? 何をするつもりなの、クリス?」
「それはもちろん、次の目的だよ」
「次?」
「うん。食料調達」
イングリスはにっこりと微笑んだ。
「待ってました! ねえどうするのどうするの――!?」
ラフィニアもキラキラと目を輝かせ始めるのだった。
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