第233話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)6
グルルウウゥゥゥゥ――――ッ!
グオオオオオォォォォッ――!
何でもないかのように歩いてくるイングリスに、幻影竜達は牙を剥いて威嚇をする。
漲る殺気。空気を震わせるかのような威圧感。これは楽しい戦場の匂いがする。
神竜にとっては無意識に生み出される生理現象に過ぎないのに、この迫力。
本体はまだ地中に埋まっているようだが、幻影竜達からは前世のイングリス王が対峙した時と変わらないような力強さを感じる。
「ふふっ――お元気そうで何よりですね?」
思わず顔がほころぶ。
イングリスは笑みを見せながら、いつも身に纏っている超重力の魔術を解いた。
このまま幻影竜達のど真ん中に突っ込んで、準備運動がてら格闘戦を楽しみたい衝動に駆られるが――それはまだ我慢だ。
この巫女の装束で神竜との対話が可能となるか――今のうちに試しておく必要がある。
そのために超重力の魔術を解いたのだ。
「ですが今だけ少し――話し合いましょうか?」
イングリスは霊素から落とした魔素を操り身を包む。
正確には自分自身の体ではなく、身につけた巫女の装束に魔素を浸透させた形だ。その波長は、よく使う氷の剣の魔術に近いもの。冷気や氷を生み出す波長だ。
イングリス王が生前見た巫女の装束は、それ自体が強い魔素を帯びていた。
かつての地上では、希少な素材を使えば、そういったものも作成できのたが――
今のこの衣装は、元々は何の変哲もないただの水色の布だ。
イングリスを着飾らせるのが趣味のラフィニアは、小物や服を自作したりもする。もし騎士にならないのならば、服の仕立屋になって店を持ちたいと言っているくらいだ。
この布はラフィニアが、今回の任務のための買い出しで見つけて、色がいいと言って欲しがったものだった。
だがそこに、イングリスが魔素を意図的を流し込めば――
イングリスの身に纏う装束が、淡く魔素の輝きを放つ。
グゥゥゥゥ――
ルオォォォ……
ウゥゥゥッ――
幻影竜達は途端に静まり、イングリスに道を譲るように左右に分かれた。
「おぉ――?」
どうやら効果があったようだ。イングリスが幻影竜達の間を通り抜けても、幻影竜は遠巻きにそれを見ているだけで、特に何もしてこなかった。
「やったわ――! 効果があったみたいね……!」
「頑張った甲斐がありましたね!」
ラフィニアとプラムが、嬉しそうに声を上げている。
「みんなは近づくと襲われるから、わたしだけ近くまで行ってみるね?」
「気を付けるのよ、クリス」
「うんラニ。大丈夫だよ」
イングリスはそう言い残して、更に奥へ、巨木のようにそそり立つ神竜の尾へと向かっていく。
幻影竜は次々と生まれ、数も増して行くが――やはりイングリスには襲って来ない。
この巫女衣装の効果は覿面だ。そして、幻影竜達の動きも完璧に統率が取れている。
どの個体も先走ってイングリスを襲おうなどという事をしてこないのだ。
「……」
それはそれで、つまらないではないか。
神竜の前に少しくらい戦わせてくれてもいいだろう。融通の利かない幻影竜である。
やはり完全な生物というわけではないためか、個性というものが感じられない。
しかし並みの騎士や、下手な魔石獣などよりも力を持っているのも事実。
それが目の前にいてくれるのに――
今は神竜との対話を優先するべきなのは分かっている。
分かっているのだが――幻影竜とも戦いたいのである。
前世でも対峙したことのある相手であるが故に、イングリス・ユークスに生まれ変わった自分の成長を図るのに最適の相手なのだ。
この彼らのど真ん中で、巫女衣装に浸透させた魔素を止めて効果を無くし、四方八方から襲われたい――そんな衝動を禁じ得ない。
これは、空腹を我慢するのにも似ている苦しみだ。
「ああ……勿体ない――」
グゥ?
オォ……?
ウゥ――?
物欲しそうに見つめてくるイングリスに、幻影竜達も戸惑いの気配を見せていた。
「……見ないようにしよう――」
幻影竜の姿を目に入れないように、視線を足元に落として進む。
姿を見ると誘惑に駆られてしまうからだ。
そして――イングリスは幸か不幸か何の妨害も受けず、神竜の尾の目の前にまでたどり着いていた。
巨木のような大きさのそれは、氷銀色に輝く鋭利に尖った鱗に覆われ、シュウシュウと白い凍気を放ち続けている。
空気自体が凍り付いて、キラキラと細かい結晶のようなものが辺りに漂っていた。
「……っ」
イングリスは思わず一つ身震いした。
長く側にいればそれだけで凍り付いてしまいそうな、そんな強烈な冷たさなのだ。
薄手の巫女衣装のみを纏った体が、流石に自然と震えたのである。
この肌を刺す猛烈な冷気こそ、神竜フフェイルベインが健在の証――
幻影竜もそうだが、本体の方も元気そうで何よりだ。
それでこそ、戦いがいがあるというもの。
まずは対話が先決だが、後で戦う際に永い眠りのせいで本調子が出ない等は気にしなくても良さそうである。
「でも……」
だが、気になる事も一つ。
神竜たるもの。ここまで接近してきたイングリスに気づかないはずがない。
それがこうも無警戒に、何の警告も呼びかけもなく接近を許すものなのだろうか?
実は神竜からは呼び掛けているが、イングリスに聞こえていない?
だが幻影竜には効果があったが――?
考えていても仕方がない。
イングリスは神竜に向けて呼びかけてみる事にする。
「神竜フフェイルベインよ……わたしの声が聞こえますか?」
――たっぷり十秒ほど返事を待ったが、何の反応もない。
「……?」
イングリスは首をひねりながら、さらに神竜の尾へと近づく。
今度は直接尾に手を触れて、巫女衣装に浸透させる魔素を更に高めて――
「神竜よ。聞こえませんか? 聞こえていたら何か答えてください――」
しかし再び返事は無い。
「? うーん……?」
生きているのは確実。かつてのまま強大な力もひしひしと伝わってくる。
だが無防備に近づいてくるイングリスには無反応。呼びかけにも応じない。
幻影竜はイングリスを敵視しないという反応を見せているからには、恐らく対話は可能なはずなのだが――
「……ひょっとして、眠っていますか?」
体は活性化しているが、まだ意識が覚醒していない微睡の中――
人に例えるならば、そんな状態だろうか?
神竜の微睡がどのくらい続くかは、竜の生態の専門家でもないので分からないが。
すぐ起きるのかもしれないし、ひょっとしたら数年、いや数十年もこのままかも知れない。無論だが、そんなに待ってはいられない。
前世の時代の話も聞きたいし、思う存分手合わせをしたいし、お腹も空いたのだ。
食料確保に関しては、イングリス達だけではなくアルカードの住民のためでもある。
ならば打つ手は一つ――
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