第231話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)4
機甲親鳥から出撃した機甲鳥は三機。
イングリスとラフィニアが乗る星のお姫様号に、残り二機は機甲親鳥に備え付けのもの。レオーネとリーゼロッテ、ラティとプラムがそれぞれに搭乗している。
本当ならラティは機甲親鳥に残っていた方がいいが、本人がどうしても聞かなかった。
この場の総大将役としての責任感と、プラムが心配だというのと、そのどちらも理由としてはあるだろう。
「少し離れたところで降りて、歩いて近づこう? 下手にいきなり近づくと危険かもしれないから」
イングリスがそう提案し、尾の突き出した位置からは離れた所に機甲鳥を着陸させた。
「ねえクリス。こんな離れた位置に降りて、何かあるの?」
神竜の尾へと歩きつつラフィニアがそう尋ねてくる。
「いきなり地中から飛び出して襲ってくるのを警戒する――っていう事?」
レオーネの言う事も、それはそれで慎重に事を進めるなら必要な事なのだが――
それとはまた別の、神竜に相対する時の注意点がある。
「神竜と呼ばれる程に強力な竜は、その身に纏う気そのものが眷属と化す――幻影竜とか幽体竜とかって言うんだって」
竜の身に纏う力は、魔素や魔術とはまた異なるものだ。
そしてそれは、本質的には効率の悪い力の使い方である魔術よりも効果が大きい。
竜が噴き出す炎や吹雪――それらは特に魔術的な詠唱や所作を必要とせず、それら以上に強大な力を発揮して見せるのだ。
ただ竜の力は魔術のようにある程度共通した法則のあるものとは違い、個体個体による差が大きい。技術というより個性と言った方がいいだろう。
「それを警戒してるの?」
「うん。いきなり近づいたら、機甲鳥が囲まれて壊されるかもしれないから――」
自分を襲ってくれる分には歓迎するが、乗っている機甲鳥を壊されるのは困るのだ。
「そんな竜の話なんて初めて聞くわ――よく知ってるわね、イングリスは」
「わたくしも初耳ですわ。きっとイングリスさんはとても珍しい書物をお読みになったのですわね」
「そんな本、ユミルの書物庫とかにあったかなあ……? 見た覚えがないけど」
「まあ、ラニの場合は知らない本がいっぱいあって当然だよ? 本を読まないんだから」
「うるさいわねえ。中身は読まないけど、隠れんぼしてる時にいっぱい行ったもん! だから本の表紙は、どんなのがあるか結構覚えてると思うんだけどなあ……うーん」
「いや、中身も読んだ方がいいよ?」
とは言うものの、実際そんな書物があるわけではなく、全ては前世のイングリス王が実体験してきた記憶によるものである。
ただ、前世の時代には貴重ではあるものの竜の関する書物も存在していたし、人々の知識の中に竜の存在もあった。
レオーネやリーゼロッテの反応を見ていると、今の世界では竜は完全に人々から忘れ去られた存在であるらしい。魔素やそれを操る魔術の知識や技術と同じだ。
「ねえ、今度アカデミーが休みに入ったら、二人とも里帰りはするんでしょう? その時にユミルからその本を持ってきて、見せてくれない? 興味があるわ」
「いいですわね。わたくしも見てみたいですわ」
レオーネとリーゼロッテの勉強熱心さは結構だが、それは不味い。
「え、ええとそれは……あ、皆気を付けて。そろそろ来る――」
丁度都合のいいことに、イングリス達の前に青白い霞のようなものが立ち込め始めた。
グウウゥゥゥゥ――――ッ……!
グオオオオォォォォ――――!
そしてそれが、首だけの竜の姿を取って威嚇をしてくる。
その一体一体が、習練を積んだ一人前の騎士でも戦意喪失してしまいそうな程に、強烈な殺気を放っていた。
実際前世での神竜との戦いではこの幻影竜の恐ろしさに戦意喪失してしまう者も、少なからずいたものだ。
「な、何なのこれ……!?」
「た、ただ事じゃないわよ――そこらの魔石獣よりも、ずっと……!」
「ええ……魔石獣よりも、明確な敵意と殺意を感じますわ……!」
普段こそ普通の少女だが、ラフィニアも、レオーネも、リーゼロッテも、一人前どころではない、上級の騎士の候補生達だ。
未知の現象に驚きはしているが、怯えはしていない。頼もしいことだ。
特級印を持つシルヴァや、規格外のユアと比べては可哀想だが、彼女達の実力も十分高い。前世の時代の自分の軍団にいたとしても、立派な働きをしてくれるだろう。
「し、しかもどんどん増えていきますよ……!」
プラムの言う通り、イングリス達の目の前に壁を作るように、幻影竜達がどんどん発生し、集まって来た。
「これが、竜の気が実体化した幻影竜だよ。透けてるけど噛むし、噛まれたら怪我するから気を付けてね。今はまだ見てるだけだけど、一定の範囲に踏み込めば襲ってくるよ」
「怪我くらいで済めばいいけどね……!」
「ええ。その位の迫力よね――」
「イングリスさんの言う通りでしたわね。いきなり近くに飛び込めば、機甲鳥ごと囲まれて逃げ場が無くなっていましたわ」
「皆は暫くここで待ってて。わたしが踏み込んでみるから。この服に効果があるなら、襲われないはずだよ」
実際前世のイングリス王は、この装束を身に纏った神竜の巫女が、幻影竜に襲われずに神竜の元へと向かった場面を見たことがある。
つまりこれに襲われないことが可能ならば、神竜フフェイルベインとの対話も可能だろうと思われる。
神竜とは是非対話を望みたい。ここはまず、この幻影竜で試しておくべきだろう。
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