第229話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)2
「……どういう事だ?」
ルーインはそうイングリスに問いかける。
「天上領からやって来た天恵武姫の脅威は確かに去りました。ですが、このリックレアの周囲一帯の住民の皆さんは、ティファニエさん達の略奪のせいで、食料を奪われて飢えたままです。このままでは、食糧不足による大量の餓死者が出かねません。それを放置してこの地を去るのは、天恵武姫を止められなかった場合と何が違います? 住民の皆さんが行き着く先は同じではありませんか?」
それを聞いて、ルーインはハッとしたようだ。
もしかしたらリックレアに長い間囚われていて、周辺地域の状況は全く把握できていなかったのかもしれない。
「た、確かにそういう状況にまで追い込まれているのであれば――見過ごせん事だ……それはいつ頃の話だ? 君たちが直接見たのか?」
「つい最近です。あたし達、ここに来る前に沢山の人達が食べ物が無くなって苦しんでるのを見てきました――!」
「本当だぜ。俺も一緒に来たからな。早く何とかしてやらねえと――」
ラフィニアの後にラティが続ける。
「ぬう……そうですか――いや、でしたら余計にラティ王子は王都方面に向かわれるべきでは!? 国王陛下に願い出て、こちら方面に食料を援助して頂くのです! 国境の軍の駐屯地から回してもいい! 王子がいらっしゃる方が、話を進めやすかろうと思います!」
「そうすんなりと事が運びますか? 事態は一刻を争うと思いますが――」
「だが、この周辺一帯に食料がないならば、ある所から持って来る他は無いだろう? とにかく最善を尽くすべきだ――」
「いや、食料ならそこにありますよ? ほら――」
と、イングリスは眼下に見える神竜の尾を指差す。
話が最初の、神竜フフェイルベインに戻って来た形だ。
「――! あ、あれを斃して食料として住民達に配るつもりなのか……!?」
「ええ。それが一番早いでしょう?」
イングリスはルーインに笑顔を向けた。
そもそもその目算がなければ、ティファニエやハリム達が食料を積んでいたはずのリックレアの街をそのまま見過ごしていない。
食料だけは奪い返すことが必須になっていたはずだ。
だがそうすれば交渉はより複雑になり、また食料を運び出させる時間もかかったはず。
気絶していたティファニエが起き出して、話が頓挫した可能性もある。
彼女は見た目こそ愛くるしい清純な乙女だが、その頭脳は狡猾で計算高い。
エリスやリップルのような、見た目も心も美しい天恵武姫とは根本的に質が異なる。
こちらは食糧不足の住民のために食糧確保が必要だという事情を見抜いて、厄介な条件を突き付けてきただろうし、神竜の存在に前任のイーベルの何らかの狙いを感じ、大人しく去ろうとしなかったかもしれない。
そうなればそうなったで、そこは力に訴えて完全にとどめを刺すまでなのだが――
そうすればイングリスの余力は尽き、神竜がすぐに動き出した場合に対処できなかっただろう。
となると、面倒そうなティファニエが眠っているうちに、彼女の身を第一に考えている様子のハリム相手に交渉を纏めて追い払うのが一番だった。
そして、住民への食糧供給はリックレアの残りの食糧を奪い返すのではなく神竜に求める。その方がティファニエに邪魔されずに神竜と戦えるし、美味だと噂に名高い竜の肉を食べる事も出来る。あの交渉の時、すでにこのくらいの算段はしていたのだ。
結果的に神竜はすぐには動き出さずこのままで、半日置いたためイングリスの疲労も回復してきてはいる。もう一晩も寝れば、完全に回復できるだろう。
そこは取り越し苦労だったが、それは結果論だ。あの時の判断はあれでよかったと思っている。
「ここで食料を確保し、住民の皆さんの食糧不足を解決します。その時、ラティの姿を皆さんが直接目にすることが出来れば、より名声は高まるでしょう? これからまだもう一つ大きな手柄を作るのですから、まだ早いと言いました」
その手柄と名声は、きっちりとラティに受け取ってもらわないと困るのだ。
自分にそんなものを押し付けられては、面倒である。
「な、なるほど……! そういう事だったのか。す、すまない……深い考えがあるのも知らずに――この通り、許して頂きたい」
ルーインはイングリスを見直したと言わんばかりに、深く頭を下げた。
しかしそれ以上に目をキラキラ輝かせ、喜んだのはラフィニアである。
「やるじゃない! いいわよクリス! 美味しい食べ物に目がくらんだだけじゃなかったのね……! 偉い、偉いわよ――!」
抱き着いて、頭をぐりぐり撫でられた。
喜んでもらえるのは結構なのだが――
「ちょっと待ってラニ、なんで今そういう反応なの? 分かってて付き合ってくれてたんじゃないの?」
「……へ? いやあ、飢えたクリスに理屈は通用しないし……あたしもお腹空いてたし、つい――えへへっ」
ラフィニアは、ちょっと舌を出して照れ笑いして見せる。
見え透いた誤魔化しなのだが、孫娘を見る祖父の視点だと、可愛らしいのでつい許してしまう。
「……」
それ以上何も言わず、レオーネとリーゼロッテの方を見てみる。
「すごいわ! いい考えよ!」
「素晴らしいですわね!」
二人とも、顔を輝かせている。
「…………」
どうやら二人にも伝わっていなかったらしい。ちょっと悲しくなってきた。
普段の自分は、いったいどのように思われているのか――
「……もう、とにかくそういう事だから、衣装をよろしくね」
「分かったわ! よりやる気が出るってものよね!」
「私も手伝います! 手伝わせてください、何か役に立ちたいんです……!」
「ありがと、プラム。じゃあ早速やるわよ!」
「じゃあわたしは、戦いの前の腹ごしらえでもしておこうかな――」
機甲親鳥には、もう残り少ないが食料も少しは積まれている。
これから神竜の肉を大量獲得するのだから、これはもう食べてしまっても構わないだろう。お腹が空き過ぎていれば、本来出る力も出なくなってしまう。
「あ、ずるいわよクリス! あたしもお腹空いてるのよ! 独り占めは許さないわ!」
「いやでも、ラニは急いで衣装を――」
「お腹空いてたら手が震えて、いい服が縫えないわ! クリスに着せる以上、恥ずかしいものは作れないし――まずは腹ごしらえよ!」
「あはは。じゃあ私が先にやってますから、ラフィニアちゃんはご飯にして下さい」
「うん! ありがと。お願いね、プラム」
「じゃあ――」
「「レオーネ、ご飯の準備お願い!」」
イングリスとラフィニアは、満面の笑みで口を揃えた。
「もう、すぐ私にやらせようとするんだから……」
「「だってレオーネが作ったほうが美味しいから」」
「まあ、褒めてくれるのは嬉しいけど――はいはい分かったわ。ちょっと待っててね」
そんなイングリス達の様子を見ていたルーインは、また不安になってラティに問いかけるのだった。
「ラティ王子……彼女達に任せて、本当に大丈夫なのでしょうか――? あの様子は、あまりに普通の少女のようで……可愛らしいのは結構ですが、あのか弱そうな娘達が、あのような巨大な化物をどうにかできるようには――」
「ん? 大丈夫だよ。そんな事言ってられるのも今だけだからな――」
「はあ……? どういう事でしょう?」
「あいつらが飯食ってるとこ見たら、まず可愛らしいとか吹っ飛ぶからな。戦うとこ見たら、か弱いってのも吹っ飛ぶ。敵の天恵武姫を追い払ったのは、イングリスが殆ど一人でやったんだぜ? あいつがどうにもできねえなら、この国の誰でもあの竜はどうしようもねえって事だ」
「そ、それ程なのですか――?」
ルーインが息を呑んだ時――
「ちょっとラティ、何を話してるのか知らないけど、リックレアに着く前に言ってた事、あたしは忘れてないわよ! ご飯待ってる間暇だから、ちょうどいいわ! こっちに来て言っちゃいなさいよ!」
ここリックレアに向かう前のこと――
兄ハリムが国よりもティファニエに付いて裏切った事により、今後の立場が難しくなるであろうプラムを守るためなら、王になって権力を使う事も躊躇わないとラティは語っていた。
その覚悟を聞いたラフィニア達は、プラムを助けてプロポーズだ、などと盛り上がっていたが――ラフィニアは今、その事を突っついているのだった。
「馬鹿言え! 今はそんな状況じゃねーだろ! 全部綺麗に片づいてからだ、全部! それにそういう大事な事を、飯待ちの暇潰しに使うんじゃねー!」
「えぇぇぇ~約束が違うわよ!」
「んな約束してねえから、そもそも!」
「何の話ですか? 楽しそうですね?」
プラムも話に入ってきてしまった。
「うわぁぁぁ何でもない、何でもないから――! お前は早く、イングリスの服を作ってやれ! 急ぐんだからな……!」
ラティは慌ててそう言って、誤魔化していた。
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