第226話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫31
「……」
イングリスは無言で、倒れたティファニエの身体を上から踏みつける。
――逃がさない。そして、許さない――
この天恵武姫はイングリスにラフィニアを殺させようとしたのだ。寸前で制御に成功したが――許される事ではない。
もう二度とあんな事が起きないように、その可能性はきちんと摘み取っておく。
「――わ、分かりません……何なの……あなた……は――」
「答える意味も価値もありません。何故ならあなたはこれから消滅するのですから――あれを撃てば命はないと警告したはずです」
至近距離でティファニエに向けて翳した右手に、再び霊素弾が収束を始める。
既にかなりの消耗があり、残る力はあと僅かだが――このティファニエだけは、塵一つ残さず消し飛ばす……!
「さあ、消え去りなさい……!」
「……そう――ね……」
ティファニエはふうと息を吐いて瞳を閉じて、身体から力を抜いていた。
――最早、観念した様子だった。気を失ったのかも知れない。どちらでもいい事だが。
「クリス――!」
そこに、頭上から声がした。
星のお姫様号に乗ったラフィニアである。
イングリスの近くの低空にまで降りて来ていた。
「ラニ。ちょっと待っててね? 後始末を済ませるから――」
「ま、待って……! やっぱり、その――?」
「うん。倒すよ。この人は危ないから。散々悪い事もしてるし、仕方ないと思うけど?」
「う、うん……でもね――何かクリスの目が笑ってなくて、怖いから……ほら、いつもならどんな相手と戦う時も嬉しそうにニヤニヤしてるじゃない? 明らかに危ない子だけどそれがクリスらしいから――今みたいに怒りに任せてって、何か違う気がして――」
孫娘のために怒ったのだが、その怒りに逆に孫娘が驚いてしまい、泣き出してしまった――例えるなら、そんな所なのだろうか。
ラフィニアが泣いているわけではないが、だが、イングリスとしては少々ばつが悪い気持ちがした。
と同時に、頭に昇った血はかなり引いたのだが――
とはいえ冷静になったとしても、ティファニエをこのままというわけには行かない。
ラフィニアを殺そうとした相手なのだ。
きっちり止めを刺しておくべきなのは変わらない。
「……あのね、ラニ。わたしだって怒る時は怒るんだよ? さっきは本当に危なかったんだから――」
「うん。でも――でもね……」
「分かった。笑ってたらいいんだよね? うふふふっ、あなたは万死に値しますので、消えて下さいねっ♪ ほら、これでいい?」
「良くない! 違うわよ! ほら、倒すにしろこの国の王様に突き出して、裁きを受けさせてからの方がいいと思わない?」
「時間が経てば、この人は回復して暴れ出すよ? そしたらわたし達じゃないと止められないけど――ずっと張り付いてるわけにはいかないでしょ? これ以上被害が出る前に、倒した方がいいよ。ラティもそう思うよね?」
と、星のお姫様号の操縦桿を握るラティに呼びかける。
「ああ――イングリスがいない所で暴れられたら、何人死ぬか分からねえ。そんなのを捕まえて置いとくのはかえって危険だと思う――」
「ほらね、ラニ。ラティもそう言ってるんだから――」
「う、うん……わかった――やって、クリス……!」
ラフィニアはそう言って、ぎゅっと拳を握り締める。
葛藤があったようだが、イングリスやラティの意見を聞いて、決断をしたようだ。
ただ優しく、甘いだけでは、騎士としても一人前にはなれない。こうした決断をする経験も必要だろう。
「うん分かった。ラニ」
イングリスがそう応じた時――
「待てえぇぇぇっ! ティファニエ様から離れろぉぉぉっ!」
別方向から、ハリムの声が割り込んで来る。
見上げると機甲鳥に乗ったハリムが、一緒に乗ったプラムに対し、掌に生み出した炎を突き付けていた。
「プラム――!」
「ちょっと何するのよ、あなた! 自分の妹に……!」
「見損なったぜ、ハリム! 何考えてんだお前――!」
恐らく、ハリムはプラムを天上人の異空間を生む魔術で閉じ込めていたのだろう。
ティファニエの危機を前に、プラムを出してこうしている――という事だ。
「ラティ――! みんな……! ごめんなさい――っ!」
プラムは顔を歪ませて、悲痛な声を上げていた。
「何とでも言え! ティファニエ様はやらせん――! さあこの子の命が惜しくば――」
「悪手ですね」
ハリムが皆まで言い終える前に、イングリスはそう断じる。
「何……!?」
「ティファニエさんを倒す事の出来る者が――あなたが全く反応できないようにプラムを奪い取れないと思いますか? むしろ探す手間が省けました。お礼を言います」
むしろプラムを見せずに、言葉だけで脅した方が効果はあった。
目の前に見せられたら――力づくで奪えばいいだけになる。
「ば、馬鹿にするな……っ! さあ早く――っ!」
「では、証明して見せましょう――」
イングリスが霊素殻を発動しようとした瞬間――
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――ッ!
巨大な振動と共に、足元が大きく揺れた。地震だ。それもかなり巨大な――
流石に姿勢を崩しかけて、イングリスもその場に膝を着く。
揺れが収まったら、動いて一気にプラムを取り返す。
そう思って待っていたのだが――揺れは中々収まらない。
――――ォォォォォォオォオオオオオンッ…………!
何か遠く、唸り声のようなものも聞こえて来る。
「え……!? な、何かの声……!? 聞こえた、クリス!?」
「うん……何か、足元の方から聞こえてくるような……!?」
言っている間にも、足元の揺れはどんどん大きくなる。
ドゴオオオオオオオオオォォォォンッ!
イングリス達から少し離れた、街の跡地を更に深く抉ったクレーターの中心部。
そこから巨木――のようなものが、大地を割って突き出して来た。
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