第222話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫27
「……ですが状況を考えれば、わたしの要求を飲んで頂く他はないかと――こんな事は言いたくありませんが、そこにいる方々を人質と見做す事も出来ますし……」
「うぅ……っ!?」
「くっ、この娘――!?」
「我々を餌にティファニエ様を――!」
天上人達が、イングリスの言葉に動揺の気配を見せた。
ティファニエを圧倒する力を目の当たりにしたのだから、当然の反応ではある。
――しかし、ティファニエは違った。
「――状況を考えれば? ですか――でしたら、状況認識がまだ甘いですね」
「おぉ……! 何か奥の手があると――!?」
そういう話は大好きだ。
決着は急ぐべきだが、少し見せて貰うくらいはいいだろう。
「嬉しそうな顔をして――! その顔がどういう風に歪むか、楽しみにさせて頂くわ!」
ティファニエはそう言うと、天上人達の支えを振り切ってイングリスに突進を開始した。
「――!?」
だがその突進に、先程までの速さや勢いは感じられない。
イングリスの拳打を相当食らった影響が、明確に出ていて隠せていない。
「やああああぁぁぁぁぁぁっ!」
――繰り出す拳にも力強さが無い。
この状態で何故まだ戦いを続ける――? 何がある?
そう思いながら、ティファニエの拳を打ち払おうとした時――
高く透き通るような音と共に、ティファニエの体が内側から光を放ち始めた。
これは――この光は見覚えがある気がする。
「っ!?」
そして、イングリスがティファニエの拳を受けると、輝きはさらに膨大に膨れ上がる。
目を開けているのが困難な程で、イングリスは思わず目を細めた。
ヒイイイイイイイィィィィィン!
独特な甲高い振動音が、耳を劈くように響き渡る。
これは、間違いない――! あの時、王宮上空の飛空戦艦上で見たものだ。
「これは天恵武姫の武装形態化……!?」
光の中、もはや人の姿ではなく鎧に変化したティファニエから、イングリスの頭の中に直接声が響いた。
『ええそうです! 私にはまだこの手がある――! さぁ、身をもって味わいなさい……! 天恵武姫の本当の意味を! その呪われた力を……!』
そして光が収まった時――
イングリスの体を、まるで新品のように真新しく復元した白金の鎧が覆っていた。
「……すごい――」
ただ美しい鎧というわけではない。
イングリスが、神騎士が身に纏う霊素――
それがティファニエが変化したこの鎧に流れ込み、元よりも遥かに強化増幅して流し返してくる――それが肌身に感じられる。
恐らく今のイングリスは、ただ単に防御力が増したというわけではなく、攻撃力や速度も、圧倒的に全戦力が強化されている。
例えるなら、霊素殻を発動していないのに霊素殻の状態になっているようなものだ。
「これは、素晴らしい力ですね――」
何より、霊素をも増幅してくるというのが素晴らしい。
他の魔印武具は、イングリスが強く霊素を流し込めば破壊されてしまったのだが――
ティファニエが変化したこの鎧には、その気配が全くない。
「おお……! ティファニエ様が――!?」
「あ、あの娘に装着されて……!?」
「こ、これはどうすれば――?」
彼等にとっても見た事の無い光景だったのだろう。戸惑いが隠せないようだ。
確かに、自分達の主人が鎧に変化して敵に装着してしまったら、何と戦えばいいのか分からないだろう。
「そのまま見ていればいいと思いますよ。これは、攻撃ですから――」
だが、ティファニエは明確な敵意を持って、イングリスに装着して来たのだ。
――このままで終わるはずがない。
そしてどういう攻撃か、全く見当がつかないわけでもない。
『その通りです――!』
ティファニエの声が、頭の中に響く。
同時に、イングリスの足は何かに引きずられるように勝手に地を蹴っていた。
ドオオォォォォォンッ!
その踏み込みの勢いは凄まじく、それだけで地響きが起こる程だった。
全力の霊素殻を、更に天恵武姫が増幅した形だった。
もはや自分自身でも上手く反応できない程の速度が出て、森の中に突っ込んだイングリスの体は、巨木をもどんどん薙ぎ倒して真っ直ぐ突き進む。
メギイィィッメギメギメギメギメギメギメギイイィィィッ!
「――っ!? 体の自由が効かない――!?」
速度が出過ぎて上手く動けないというだけではない。
体が思うように動かない。そもそも、森に突っ込んだのも自分の意思ではない。
更に、霊素殻を発動した覚えもない。
勝手に力を引きずり出され、勝手に放出されているのだ。
そして――
「うう……っ!? これは――これが……!」
同時に目も眩むような脱力感を覚え、一瞬視界がぐらりと揺れた。
ただ単に霊素殻を発動しただけでは、こうはならない。
間違いなくこれもティファニエの、天恵武姫の効果だ。
『さあ、力を吐き出しなさい……!』
ティファニエの声が再び響き、森をリックレア方面に抜けた所でイングリスの足が止まる。
「くっ……!」
勝手に右手が前に突き出て、そこに霊素が収束していく。
青白く眩い輝きが生まれ、光弾が形成される。
それが普段より極度に増幅し、遥かに膨れ上がっていく。
「す、凄い……!」
自分でも驚く位の巨大な霊素弾が出来上がろうとしている。
これは、とても独力では出せない威力だ。
思わず目を奪われて、口から感想が漏れる。
『ふふ……凄い力ね。こんなものを浴びたら、私もひとたまりもないでしょうね』
「どうするつもりです……!?」
『そうですね。せっかくですから、試し撃ちでもしてみましょうか?』
ティファニエの声と共に、イングリスは霊素弾を発射していた。
ズガゴゴゴオオオォォォォォォォ――――ッ!
普段より遥かに増幅された、超巨大な霊素の弾丸が前方――リックレアの街が空に飛び立った後に残った窪地に飛んで行く。
それは進路に恐ろしいほど深い轍を残し、そして遥か遠くのリックレアの跡地に着弾。
天を劈くような巨大な光の柱を立ち上げ、窪地の地面を更に吹き飛ばす。
結果リックレアの跡地に残った窪地は更に深く深く抉られて、元々の大きさが倍くらいになっていた。
つまり街の跡地と同規模の破壊痕が残るという事は――
そこに街があったとしたら、街が丸ごと消し飛んでいたかも知れない。
「――おおぉ……!?」
思わず感嘆が口から洩れる。凄まじい、素晴らしい威力だ。
自分の力でなく天恵武姫の力を借りているのが少々納得行かない点ではあるが――
もっともっと鍛えれば、独力でこの威力に辿り着く事も不可能ではないはず。
この光景、威力を目に焼き付けて、これを目指して地力を鍛えて行こうと思う。
が、その前に――
先程感じた虚脱感――それが更に圧倒的に倍加してイングリスの体を襲って来た。
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