第220話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫25
キラキラとした装飾があちこちに散りばめられた、白金の鎧――
造詣が美しく、戦場での道具というよりも、一つの完成された美術品のようだ。
それが、ティファニエの身体を覆っている。
元々可憐な彼女が、鎧を纏った事でさらに神秘的に、気高い雰囲気に見える。
「ふふ――私の本当の力が見たかったんでしょう? お見せしますよ?」
「なるほど――あなたは鎧の天恵武姫……!」
その鎧に包まれた高い防御力があってこそ、守りを捨てたあの戦い方が真に有効になるというわけだ。守りは全て鎧に任せられる自信があるのだろう。
そう考えれば、あの無鉄砲に思える戦法も、非常に効率的なものになり得る。
なるほど、今まではまるで本気では無かったというわけだ。
「そういう事です――! さあ観念なさい……!」
勝ち誇ったような顔のティファニエが、イングリスを追撃してくる。
重いはずの鎧を纏ったのにもかかわらず、その速さは先程と比べ物にならない。
どうやらあの鎧が、ティファニエの身体能力をも引き上げているようだ。
ゴウゥゥッ!
そこから繰り出される拳は、風を斬り裂く唸りを上げるまでになっていた。
それが、イングリスの顔面を捉えて着弾し――
ぴたり、とそのまま止まった。
「え……!?」
ティファニエは思わず目を剥いた。
状況が状況だけに、一気に勝負を決めるつもりでいたのだ。
今のは渾身の一撃――イングリスの命を奪うつもりで撃ち込んだのだ。
この鎧を纏ったティファニエは、元々の超人的な身体能力が更に引き上がり、全ての天恵武姫の中でも屈指の個体戦闘力を発揮できる。
鎧を纏うと纏わないでは、全くの別物。
先程までのイングリスは確かに強かったが、鎧を纏う前の自分と互角の打ち合いだ。
ならば、一瞬で片づけるのもわけはないはず――
それが、これだ。
ティファニエの強打を顔面に受けても、イングリスはまるでビクともしないのだ。
しかもティファニエの目や感性からして、イングリスは先程とまるで変化がない。
見た目が変わるわけでもない。身に纏う力が強くなったようにも感じない。
魔素など機甲親鳥の船上の時より弱いほどだ。
まさに無印者であり、何の力も感じない。
しかし、それなのに――結果だけがまるで想定とかけ離れている。
という事は、自分には全く分からない力がイングリスに働いている――?
それは確実だろう。そうでなければ説明がつかない。
だが何だ? まるで何も分からない――
「な、何なの、あなたは……!?」
「ただの従騎士科の学生ですが?」
「嘘をおっしゃい! ただの学生がこんな――!」
ティファニエはもう一度、渾身の力でイングリスに上段蹴りを見舞った。
しかしそれも――当たりはするが、イングリスはビクともしない。
「済みませんが、わたしも急ぎますので――」
イングリスは、一言そう断る。
ティファニエの攻撃が通じなくなったのは、無論霊素殻を発動し、全身を霊素の波動で覆ったからだ。
本当ならこんな事はしたくなかったが――
しかし、ラフィニアは先行してリックレアの街に向かった。
この場にハリムの姿が見えない事からも、リックレアが完全に空というわけではないだろう。となれば先行したラフィニアの身に何かありはしないかと、心配になる。
目の届く範囲にいてくれれば何とでもするが、見えないものにはどうしようもない。
本音で言えば近くにいて欲しいのだが、この状況では仕方のない事でもある。
今のティファニエは、霊素殻を使わない状態で戦えば、苦戦は必至と思わされる程の力だ。流石は天恵武姫である。
そういう相手を、更に上位の力で一方的にねじ伏せるのは興を削ぐ。
ティファニエが滅多に遭遇できない強者である事は間違いないのだ。
何より、そんな戦い方では自分自身の成長に繋がらない。
力を極めるのならば、どんな戦いにも、最大限に自分の成長を求めるべきである。
この場合は出来るだけ霊素殻を使わずに挑み、苦戦の中でそれでも何とかしようと試行錯誤をする事で、自らの格闘技術や打たれ強さ、戦闘中の駆け引き等、様々な戦闘に関わる技術の向上を見込む事が出来る。
これは、それらを捨て去るような暴挙だ。
しかし――ラフィニアの安全には代えられない。
強敵は探せばまた見つかるかも知れないが、ラフィニアの代わりなどいないのである。
「――申し訳ありませんが、手は抜きません……! はあああぁぁぁぁっ!」
霊素殻の輝きに包まれたイングリスの拳が、再び白金の鎧の表面を撃つ。
ガイイィィィィィィンッ!
天恵武姫の鎧が歪んで軋み、先程とは違う質の音が響き渡る。
「な……!? きゃああぁぁぁぁぁぁっ!?」
先程は涼しい顔でイングリスの拳を受け流していたティファニエだが、今度は大きく吹き飛んだ。雪の上を何度も跳ねながら、あっという間にイングリスから遠ざかって行く。
盛大に巻き上がった雪が、白い柱のようにいくつも立ち昇った。
「「「ティファニエ様っ!?」」」
ティファニエの手下の天上人達の悲鳴が上がる。
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