第22話 12歳のイングリス10
「っ!?」
不意に武器が破壊された直後を突かれ、流石のイングリスも回避し切れず、腕をエリスの剣が浅くかすめた。
飛び退こうとしたが、きっちりと距離を詰められた形だった。
先程までよりも一層、苛烈さを増したような踏み込みだった。
流石は天恵武姫と言うべきか。
不測の事態で少しでも隙を見せると、きっちり手傷を負わされた。
だがそれでいい。それでこそ戦い甲斐があると言うもの。
腕の傷は、少し血が出る程度の浅手だ。放っておいても問題ない。
剣は折れたが、まだまだ戦いはこれから。面白くなってきた。
「あ……だ、大丈夫?」
しかしエリスは、イングリスに心配そうな視線を向ける。
またとない好機に反応して、思わず渾身の一撃を叩き込んでしまったのだ。
斬り伏せてしまわなくてよかった――
が、あの状況であの攻撃を受けて、軽症のイングリスには脅威と言わざるを得ない。
あれは致命的な隙だったはずだ。それなのに――
こんな年端も行かぬ少女が、何という腕をしているのか。
「エリスさん。そんなことを聞かないでください。わたしが相手では不満ですか?」
構えを解いて心配をするエリスに、イングリスは不満顔だった。
「そ、そうじゃないけど――」
「……エリスさん。教えて下さい。天恵武姫は魔素を認識できますか?」
現代の人達は魔素を認識する能力が欠けているのが基本だが、天恵武姫ならばと思ったのだ。
「え、ええ――ある程度は」
「そうですか、ならば……」
イングリスは息を整え意識を集中する。
今から、最近修練に凝っているある技術をお披露目しようと思ったのだ。
それはすなわち――霊素を魔素に変換することだ。
魔素は魔術の源であったり、魔印武具を使うために必要であったりする。
が、力の質を考えた時、その効率は非常に悪い。
例えば火を起こす魔術を使う。10の魔素を使うとした時、本当に使われているのはせいぜい2、3で、残りは霧散して消えているのだ。
霊素はそうではない。10使えば10いやそれ以上の威力が出る。
だから霊素を魔素に変換することは、言ってしまえば力を無駄に捨てる行為である。
だが今ならば――霊素は認識できないようだが、魔素は認識できるエリスになら、ある効果が期待できる。
「あ……! う――あ……な、何なの……!? あなた一体……!?」
突如として膨大な魔素を身に纏い始めたイングリスに、エリスは思わず後ずさりした。
先程まで何も感じなかったのに――
どう見ても普通の人間で、特殊な力は感じなかった。
だから自分をあしらって見せる事が不思議で仕方がなかったのに――
全くの認識違いだった。
エリスを呑み込んでしまいそうな程の魔素を、イングリスは秘めている。
エリスにはそう感じられた。
「分かって頂けましたか? 遠慮は要りません」
イングリスが行ったのは、要するに力の可視化だ。
霊素への認識力がない相手にも分かるように、わざわざ魔素という形に変化させたのだ。
すなわち、相手の土俵に降りる、という事である。
霊素は万物の根源。すべての存在は霊素の重なり方の違いに過ぎない。
ならば霊素を組み替えて魔素にすることも可能だ。
基本的に力をロスさせる行為にしかならないが、こういう場合には有効だと思う。
これでエリスは、イングリスに何の遠慮も要らないと実感できたはずだ。
今までは、イングリスには何の力もないという先入観が先に来て、遠慮があった。
イングリスとしては、それを取り払いたい。
霊素の繊細な制御の訓練にはなるし、元はといえば、両親を喜ばせてあげるために自ら魔印を生み出せはしないかと試していた行為の副産物だ。
魔印は魔素の流れを制御するものなので、魔素がなければ始まらないのだ。
「そ、そうね――あなたには私の助けは要らなかったかも知れないわね」
と、エリスは完全に双剣を鞘に収めてしまった。
「もう止めないわ。行きなさい」
「えええぇぇっ!? ちょっと待って下さい! それは無いです! あんまりです!」
「な、何がよ……? か弱い女の子だから無理やりにでも逃がそうともしたけど、それだけの魔素があるなら、自分の身は自分で守れるんでしょ? だったら無理に止める必要はないし――」
「うわあああぁぁ! そう来ましたか! 何てことだ……」
イングリスは激しく後悔した。
せっかく手合わせが出来ていたのに、相手にこちらの力を分かり易く示したが故に認められ、止める必要なしと判断されたのだ。
見込み違いだった。悔しい。せっかく楽しんでいたのに――!
「わ、わたしはか弱い女の子です! 是非止めて下さい! お願いします!」
「いや、もう十分見せてもらったから。ほら、天上人さんが待っているわよ?」
エリスはそれだけ言うと、踵を返して門の方に歩き始めた。帰るつもりのようだ。
「ううう……やらなければ良かった――!」
一生の不覚……!
無念そうに指を咥えて、エリスの後姿を眺めるイングリスだった。
だがその視界の中で――突如、エリスの体が何かに弾き飛ばされた。
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