第218話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫23
「あ、ちょっとせめて機甲鳥に乗りなさいよ!」
「待ちきれないから!」
イングリスはそのまま地面に落下して行き――着地の直前に霊素殻を発動する。
まともに飛び降りて着地をすれば大怪我をするかもしれないが、元々リーゼロッテの操縦でそれなりに機甲親鳥の高度は落ちていたし、こうして身体強度を上げれば何の問題も無い。
問題があるとすれば――今雪の上に着地をしたので、大量の雪が服の中に入って来て冷たいと言うくらいだろう。
「お待たせしましたティファニエさん――さあ続きをお願いします……!」
イングリスは呼びかけるが、返答はない。
近くにティファニエが地面に衝突した跡はあるが、既にそこに彼女の姿はない。
「――? どこに隠れ……」
ばしっ!
何かがイングリスの足を掴んだ。
そしてそのまま、逆さ吊りに体を持ち上げられた。
「ひゃあっ……っ!?」
イングリスは思わず、逆さに捲れ上がってしまいそうな服の裾を押さえる。
自然とそうしてしまってから――自分の行動に気が付き恥ずかしくなった。
これは、女の子ならば当然の動きなのかもしれない――
しかし自分が、そんな自然な女性の動きをしていていいものか。
一体どこまで、女性に近づいて行くのか。しかも戦闘中だと言うのに――
「あら。意外と恥ずかしがり屋さんですね? あんなにもお行儀が悪かったのに――」
イングリスを逆さに持ち上げたのは、ティファニエだった。
積もった雪の中に身を伏せていたらしい。
「いえ、これ自体が恥ずかしいというのではなく、思わずこうしてしまった自分が恥ずかしいと言うか……複雑な気分です――」
「そう。よく分かりませんが、次は痛い気分を味わって下さいね――!?」
ティファニエはイングリスの足を両脇に抱え、ぐるぐると振り回す。
恐ろしい位可愛らしい顔立ちをしておいて、凄まじい力だ。
純粋な腕力と言う意味では、エリスやリップルやシスティアの、他の天恵武姫の誰よりも強いかも知れない。
「やあああぁぁぁっ!」
そして勢いをつけた遠心力で、近くの林にイングリスを放り投げる。
「……っ!」
猛烈な勢いで吹き飛ぶイングリスの体。
あっという間にいくつかの細い木をなぎ倒し、その度に結構な衝撃と痛みが走る。
これはこれで――いいものだ。
そして、吹き飛んだ先にかなりの太さの巨木が現れる。
これは逆に好機だ。いい足場になる。細い木では勢いでなぎ倒してしまい、いい足場にならない。
イングリスは身を反転させ、巨木の幹に足をかける。
ミシミシと軋む音がするが、何とかイングリスの勢いを受け止めてくれた。
「はあぁぁっ!」
思い切り幹を蹴って反転し、逆にティファニエの元に飛び込む――!
が、さらに逆に、ティファニエもイングリスを追って飛び込んで来ていた。
「!?」
「やああぁぁっ!」
あちらも武器を持たず、徒手空拳で――である。
「望む所です!」
ドゴオォォォォッ!
真っ向撃ち合ったお互いの拳が大きな音を立てる。
かなりの腕の痺れを感じる。いい手応えだ。
「……分かりませんね」
「? どうされましたか?」
「無印者で、天恵武姫でも無いあなたにどうしてここまでの力が――と。先程は魔素を使っていたようですが、今はそれも感じません」
「まあ、鍛えていますので」
「……まともに答える気はない――と。では力づくで聞き出してみましょうか……!」
「はい! 力づくで襲われるのは大好きです!」
「ふふっ。変わった趣味ですね――!」
ティファニエが拳を引き、逆の拳を繰り出してくる。
勢い、鋭さ、共に申し分のない強力な打撃だ。
――だが反応できない程ではない。イングリスは左腕の防御でそれを防ぎ、すかさず反撃に右の中段蹴りを繰り出す。
だがティファニエの側も、今のイングリスに劣らない反応速度だ。
対応するように動き出した彼女の左腕は、イングリスの蹴りを防御――せずに、拳をイングリスの腹部に叩き込んで来る。
ドゴッ! どむっ!
イングリスの蹴りがティファニエの横腹に、ティファニエの拳は正面からイングリスの腹に突き刺さった。
「ぐっ……!」
「くっ――!」
だがお互いにこの程度では止まらない。
すぐさま次撃を繰り出し――今度はお互いの拳がお互いの横面を殴り飛ばした。
「はああぁぁっ!」
「やああぁぁっ!」
ドガガガガガッ! ドゴゴゴゴォォッ!
拳の連打がお互いの体を撃つ。最後の蹴りもお互いの体を捉え、衝撃でお互いの体が吹き飛び、一時的に距離が離れる。
「なるほど――面白い戦い方です……!」
これまで、他の天恵武姫――エリスやリップルに手合わせして貰ったり、システィアと戦った経験があるが、ティファニエは他の誰とも違った。
他の天恵武姫達の攻撃は、強力ではあったが、受け凌いだり捌く事が出来た。
が、彼女の攻撃はイングリスを捉えて来る。
それは何故か――ティファニエには、イングリスの攻撃を避けたり防いだりと言う気が全く無いからだ。
戦いと言うものは、普通は相手の攻撃を貰わず、自分の攻撃を当てるように立ち回るもの。他の天恵武姫達も勿論そうだし、ユアもそうだ。
特にユアは、自分の動きを相手に悟られずに攻撃する技術に長けていた。
相手の攻撃を貰わず、自分の攻撃を当てるという事に特化していた。
ティファニエはそうではない。
相手の攻撃は一切無視で、防御態勢を取らずに自らの攻撃を繰り出してくる。
防御を捨て、相手に攻撃を当てる事に特化しているのだ。
確かに相手の攻撃の動作を相手の隙と捉えるのならば、自らの攻撃を相手に当てることは容易になる。
ただし、引き換えに相手の攻撃は全て貰う事になるため、相手より先に倒れる事の無い耐久力が必要になる。
天恵武姫は身体能力や耐久力が常人離れした超人だが、余程耐久力に自信があるのだろうか?
どちらにせよ、ティファニエの見た目の可憐さや上品さとはまるで見合わない、とても泥臭い戦法ではある。
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