第217話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫22
「ふふ――それはあなた次第ですね? では……いきますよ!」
ティファニエが握るレオーネの黒い大剣の魔印武具がさらに伸び、地面にまで突き刺さると、ティファニエの体をぐんと高く持ち上げた。
あっという間に、見上げるほどの高さだ。
「……!」
そこで一度、黒い大剣が一瞬にして元の大きさに戻る。
剣を構えたティファニエが、空中に放り出されたような形だ。
「ふふふ……」
笑みを浮かべながら、ティファニエが空中で斬撃を振りかぶる。
と同時に、再び魔印武具が膨張。
イングリス達の頭上にかかる影が、その巨大な質量を物語っていた。
「わ、私が使うより遥かに凄いわ……!」
レオーネが目を見張っている。
確かにティファニエが握る魔印武具は、いつもレオーネが使っている時よりも早く、大きく、目まぐるしく奇蹟を発動させていた。
「さあ――これをどうします!?」
ゴウウゥゥゥゥッ!
唸りを上げて振り下ろされる、巨大な黒い刃。
その勢い、質量――これは放っておけば、機甲親鳥を真っ二つにしてしまいかねない。
これ程の攻撃、真っ向から受け止めみたいのが山々だが――
イングリスが生み出した氷の剣で受けたとしても、その衝撃はやはり機甲親鳥に伝わり、船体が墜落しかねない。
さすがにそれはまずい。
ならば――!
イングリスはティファニエの斬撃に飛び込むように地を蹴った。
「……!?」
ティファニエは一瞬、怪訝そうな表情を浮かべる。
イングリスが自ら攻撃を貰いに飛び込んでいるようにも見えるから、無理もない。
しかし、機甲親鳥を守る必要のあるこの状況では、最適解のはず。踏み込みの際には大きく身を捻り、体勢は整えている――!
「はああぁぁっ!」
ゴオオオオオオォォォォォォンッ!
やや鈍い金属音が、大きくその場に響き渡る。
イングリスが振り抜いた蹴りが、巨大な刀身の横腹を強烈に叩いたのだ。
真横から異様な衝撃を加えられ、ティファニエが放った斬撃の方向は大きく逸れた。
刀身の軌道は機甲親鳥の船体を外れ、下の地面へ向かう。
深く降り積もった雪に大穴を穿ち、盛大に巻き上げた。
「――まあ、あの攻撃を逸らすなんて……」
ティファニエは思わず目を見張った。
斬撃を受けるならば、力で食い止めればいい。
斬撃を避けるならば、間合いを見切る技を発揮すればいい。
だが斬撃を逸らすには――力と技の両方が必要だ。
振り下ろされる剣の軌道を見切り、最善の瞬間を測った上で、異様なまでの衝撃を剣の横腹に叩き込まなければならない。
イングリスのやった事は、そう言う事だ。
――これ程の真似が出来る者は、ティファニエの配下にはいない。
いや、むしろティファニエ自身でも――全く同じ事をやれと言われて、出来るかどうかは怪しい。そもそもティファニエならば、あの状況であの手は取らないという問題はあるが――
それにしてもあの無印者の少女は異常だ。
無印者で、魔印武具も持たず、魔素も使わず、この
天恵武姫の渾身の一撃をあんな風に逸らす――
ティファニエには、イングリスがあんな事が出来る理由の、合理的な説明が出来ない。
つまり、ティファニエですらもまだ知らない、未知なる存在かも知れない――
そう言った相手には、警戒をしてし過ぎる事は無い。
天上領の中でのし上がっていくには、失敗など許されないのだ。
もはや念のため機甲親鳥を潰すというような、気楽な話ではなくなった。油断はできない。気を引き締めて、イングリスを叩いておかなければ――
ティファニエは空中にいるイングリスに注意を向ける。
見事な攻撃でこちらの攻撃を逸らしたが、空中に放り出され姿勢の制御が難しいはず。
そこを逃さず、追撃を――
「……!?」
しかし、ティファニエの視線の先に、イングリスの姿は無かった。
驚いて一瞬気が逸れた隙に、何処かへ消えて――
「こちらです……!」
「!」
その時、イングリスは黒い大剣の刃の上を駆け上がっていた。
長く伸びて地面に突き刺さった剣は、イングリスから見れば絶好の足場、道だった。
空中で姿勢を制御し、上に飛び乗り、駆け上がってティファニエに肉薄した。
「それはレオーネのものですので……!」
取り返させて貰う!
ドゴオオォォォォッ!
ティファニエの背中に突き刺さるように、イングリスの回し蹴りが直撃した。
「きゃああぁぁぁぁっ!?」
地面に墜落して行くティファニエ。
イングリスは蹴りの反動で飛び上がって、機甲親鳥の船上へと舞い戻っていた。その手には、ティファニエの手から滑り落ちて元の大きさに戻ったレオーネの魔印武具もしっかりと掴んでいる。
「はい、レオーネ。返すね」
それを持ち主に返却した。
「あ、ありがとう……あ、相変わらずとんでもない動きよね――空中であんなに――怖くないの?」
「うん。空中で戦うのも気持ちよくて好きだよ」
イングリス王の時代は機甲鳥や機甲親鳥などは存在せず、空中を戦場とする事など無かった。
イングリス・ユークスとして今に生まれ変わらなければ、体験し得なかった事だ。
新鮮であり、興味深い戦いが楽しめる。悪くない戦場だ。
「ははは――」
レオーネは引き攣った笑いを浮かべる。
「クリス、どうなの――? 今ので倒せた!?」
「まさか。天恵武姫があの程度でどうにかなったりしないよ。じゃあ続き、行ってくるね!」
イングリスはそう言うと、機甲親鳥の船体の手摺を蹴って、外に飛び出した。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!




