第214話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫19
「……いや、何でもない。ラニの言う通りだよ」
「みんな、とにかく大変よ! あのままじゃ、全部天上領に連れて行かれるわ! あれってそういうものなのよ!」
「じゃあもっと急がないと……! 手遅れになるわ!」
「プラムさんも、あそこにいらっしゃるかもしれませんものね――!」
「あそこまでなら、機甲鳥で飛ばしても届くかもしれねえ……! それで行くか!?」
「ええそうね。その方がはや……」
ラフィニアがそう頷こうとした瞬間――
「それは少し困りますから――やめて頂けますか?」
全く唐突に、聞いた事の無い女性の声が割り込んで来る。
とても落ち着いて、澄んだ聞き心地の良い声質だ。
鈴の音のような、という表現がしっくりくる。
淡い色の水色の長い髪を、可愛らしく結い上げた少女がそこにいた。
清楚さを感じさせる顔立ちを、大きな赤い花の髪飾りが更に引き立て、可憐さが際立っている。
白魚のような手、足、首筋の柔肌は透き通るようで、それでいながら、やや体の線が見えやすい服装に浮き上がる、女性らしい成熟した体つきは立派なもの。
可憐さと妖艶さとを両方兼ね備えており、恐ろしい位に魅力的だった。
これはひょっとして、自分に匹敵するほどの美しさかも知れない――
イングリスは彼女を一目見て、そう感じた。
そんな美しい少女が、唐突に機甲親鳥の上に姿を現していた。
――その手には、レオーネが愛用する黒い大剣の魔印武具が握られている。
「か、可愛い……クリスに負けないくらい――でも、誰……!? 」
「あ……! それは私の……! いつの間に――!?」
レオーネの背から、魔印武具が消えていた。
気配も感じさせずに、レオーネから彼女が奪ったのだ。
全く悪びれる事無く、水色の髪の少女はたおやかな笑みを崩さない。
一見、ただの絶世の美女だが――この身に纏う力の流れ、雰囲気。
これは間違いなく――
「ごきげんよう。ちょっとお借りしますね? そして――さようなら」
水色の髪の少女は、黒い大剣の魔印武具を足元に突き立てる。
ドガァッ!
機甲親鳥の床板を貫いて刃が突き刺さり――
メキメキメキメキメキィッッッ!
奇蹟により巨大化する刃が、船体を更に深く貫通して、突き抜けた。
「な……っ! 止めなさい! 何するのよ!」
「機甲親鳥が……!?」
「あれでは船体が持ちませんわ――! お止めなさい……!」
焦るラフィニア達に、水色の髪の少女は笑顔を向ける。
「ふふふ――いやです」
少女の手にぐっと力が入る。
機甲親鳥を串刺しにした黒い大剣の刃が、今度は船体を両断しにかかる。
メギメギメギメギィィィィ――!
細腕の割に恐るべき膂力は、そのままでは確実に機甲親鳥を完全に真っ二つにしていただろう。
しかし――
ぴたり、と船体が軋む音が止む。
黒い刃が別の力に押されて進めなくなり、拮抗してカタカタと震え始める。
「この力は、やはり天恵武姫――」
イングリスがすかさず氷の剣を作り出し、黒い刃にかみ合わせて食い止めたのだ。
あちらから伝わって来る、この力――霊素殻の発動をしていない今の状態では、油断をすれば押し切られてしまいそうだ。
やはり素晴らしい。この手応えだけでも喜びを禁じ得ない。
「ふふふ――あなたがティファニエさんですね? ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう。あなたのお名前は教えて下さらないの?」
ティファニエは余裕に満ちた、貴婦人のような笑みを返してくる。
「これは失礼しました――イングリス・ユークス。カイラル王立騎士アカデミー従騎士科の一回生です」
「まあ、学生さんね? それでこの力――将来有望ですね? それに、こんなに可愛らしくて……羨ましいですね?」
「ありがとうございます――ですが、ティファニエさん程ではありませんよ」
「あら、お世辞がお上手ですね?」
などと世間話のような、お世辞の応酬のような、そんな会話を交わしつつも、お互いの剣の鍔迫り合いは続いている。
「船体が傷ついて、この空中のままでは危険ですわ――高度を降ろしますわね……!」
機甲親鳥の操縦桿を握るリーゼロッテが、そう声を上げる。
「クリス――! そのまま食い止めてて!」
「うん……! わかった――!」
イングリスはラフィニアに顔を向けずに応じる。
虫も殺さぬような可憐さのティファニエの剛力は凄まじく、その余裕はない。
「あれが敵の天恵武姫……! 直接乗り込んで来るなんて――いつの間に魔印武具を取られたのか、全く分からなかった……!」
レオーネの悔しそうな気配が伝わる。
「人は見かけによらないのはクリスで知ってたけど――こんなに可愛い子が、あんなひどい事をやらせた悪党の親玉だなんて……!」
「あら? 心外ですね? 私はお亡くなりになった前任者の計画を代わりに遂行したに過ぎませんよ?」
「前任者……? イーベル様の事ですか……!? ではリックレアを浮上させるのもイーベル様の計画だったと……?」
「はい、そうですね。イングリスさんと仰ったかしら? あなた、イーベル様とお会いになったの?」
「ええ――亡くなられた現場に居合わせました。惜しい方を亡くしました、お悔やみ申し上げます」
イーベルの人格その他は置いておいて、イングリスとしては本気でそう思っている。
あの攻撃的で短気な性格は、戦いの相手としては申し分なかったのだ。
それでいて大戦将を名乗るだけあって、実力も確かだった。
あの時亡くなっていなければ――きっと顔を合わせる度に全力でこちらを倒しに来てくれる、素晴らしい手合わせ相手になってくれたのに。
「だからって、あいつが死んだのはあたし達のせいじゃないから! あたし達を恨まないでよ――!」
そのラフィニアの言葉に、ティファニエは可笑しそうにくすくすと笑う。
「ふふっ。まさか――あんな鼻持ちならない子供、死んでもせいせいするだけですよ? お会いになったのなら分かるでしょう?」
ティファニエは世にも可愛らしい笑顔のまま、そう続けた。
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