第213話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫18
リックレアに進路を向けて、三日――
イングリス達の行軍は順調だった。
だが、その理由は決して前向きなものではなかった。
道中の街や村は軒並み壊滅しており、住民達に手持ちの食料を配る必要が無く、そのための手間と時間が省かれたから。
集落は全て空き家となっているため、休む場所を確保するのは容易で、結果野営をするよりも体力的に楽になった。
――という事である。
ティファニエの手下の天上人達が襲ってくることも無く、ある種静かな時間ではあったが――行く先々で壊滅した集落の姿を目にするのは、ラフィニア達にとっては辛そうな様子だった。
そんな雰囲気の中、移動中の機甲親鳥の上でラティが曇り空の先を指差す。
「こんな天気じゃなければ――もうじき遠目にリックレアが見えて来てきそうだけどな」
この曇天のせいで、いくら機甲親鳥の上からでも、あまり見晴らしはよろしくない。
「早く着いて欲しいわね――どの街も酷い事になってるのを見せ続けられるのは嫌だわ」
ラフィニアはぐっと唇を噛み、機甲親鳥の外縁の手摺を強く握り締める。
「ラニ。今からそんなに力を入れてても、いざって言う時に力が出ないよ? 大丈夫、きっと沢山の人はリックレアでまだ無事だから――」
道中の街や村の被害を冷静に観察すると、その規模に比べて、遺体等の数は少なかったように思う。つまり多くの人々は、殺されたというよりも連れ去られた――
その行き先は、監獄化しているというリックレアだろう。
何を目的に、多くの人々を連れ去ったのかは、少々分からない面もあるが――
食料を巻き上げるだけならば、奪ってそのままにしておけばいいはずなのだ。
目的を持って連れ去ったのならば、その目的のために人々は使われているはず。
だからまだ無事である、と推測できる。
「でも――」
ラフィニアが何か言いかけた時――
ズズズズズズ――――――……!
何かが震えるような音が、遠くから聞こえて来た。
「な、何の音……? 雷かな――?」
「かなり大きいわね――」
「いや地震じゃねえか……? 何か下が揺れてるように見えたけどな……?」
「こちらは空中ですから、地震ですと分かり難いですわね――」
と、皆が口々に言うが――
「いや……あっちの――リックレアの方向で、何か起きてる……!」
イングリスは真っ直ぐに、進行方向の先を指差す。
自然な魔素の流れとは明らかに違う、巨大な魔素のうねりを今、あちらから感じたのだ。
これだけ離れていても感じ取れる程の、巨大な規模のものだった。
「何か……? 何かって何、クリス?」
「分からないけど――きっと只事じゃないよ、これは――」
「……イングリスがそんな事を言うなんて――余程の事ね」
「ですが、この天気では何も見えませんわ……」
「いや待て……! 晴れ間が差してくるぞ――!」
ラティの言う通り、リックレアの方向を覆っていた雲が、イングリス達に先を見せつけるように一時的に途切れ、そして――
「……!」
「な、何よあれ……!?」
「あ、あれがリックレアの街――!?」
「あんな事が出来るものですの……!?」
「し、信じられねえ――これがあいつらの目的だったのか……!?」
イングリス達の見る光景の中で――リックレアの街は、本来あるべき姿をしていなかった。いや正確には、|あるべき場所に無かったのだ《・・・・・・・・・・・・・》。
その周辺の地盤と共に、大地の楔を離れて、空に浮かび上がっているのだ。
今は地面に伸びた巨大な鎖が、その巨大な質量を繋ぎ止めているような状態である。
「きっと『浮遊魔法陣』だね――」
「それ、ノーヴァの街でセイリーン様が言っていたやつよね……!? あれが本当に発動したら、あの街もああなってたって事――!?」
「うん。だけど――」
ノーヴァの街では、血鉄鎖旅団の手によりセイリーンは魔石獣に変えられてしまい、その後黒仮面達の手により『浮遊魔法陣』は破壊されたはず。
それが破壊されずに発動していたら――あれと同じ事が起きていたわけだ。
その点はラフィニアの言う通り。
しかし――『浮遊魔法陣』が発動するには、膨大な魔素が必要なはずだ。
セイリーンのあのノーヴァの街では、まだまだ発動までに時間がかかっただろう。
彼女の場合、それを急ぐ様子も無かったし、そもそも街が空に浮上しても、住民達にはそのまま、天上領の好待遇を与えようとしていた。
それに比べて――このリックレアの街の『浮遊魔法陣』の発動は早すぎる。
どうやってそれだけの魔素を集めたか――
それを考えると、この先は言わない方がいい気もして来る。
『浮遊魔法陣』は地上の人々から魔素を集め、必要な量が集まるとその土地を空中に浮遊させ、新たな天上領の土地とする。
そして人間は生きているだけで魔素を生む存在ではあるが、人体が一番魔素を発するのは、肉体が魔素を解放した時――つまり死んだ時だ。
だからこれだけの短期間で『浮遊魔法陣』を発動させようとするなら、最も時間効率がいいのは、大量に人を集めて、その土地で殺す事――となる。
あの浮遊するリックレアの街――あれはそのようにして生み出された光景ではないのかと、そう思えてならない。
それをわざわざ、ラフィニア達の耳に入れるのも憚られる。
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