第212話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫17
「ラティはそれでいい? この国を継ぐ覚悟はある? 後戻りはできないよ?」
「……俺は――」
「わざわざ連れて行ったという事は――敵はプラムを何かに使うつもりだと思う。だから、急がなきゃいけないけど……きっと暫くはプラムは無事のはずだよ。王都に先に向かって、アルカード王に話を通してからでも遅くは無いと思う――それでも、リックレアを優先する? それならそれで、勿論付き合うけど――」
特にラティは、国を出てカーラリアに留学をしていた身だ。
もし、将来的に国を継がずに、そのままカーラリアにい続けるような事を望んでいたのなら、それは出来なくなるだろう。覚悟をした方がいい。
勢いに任せて、後戻りできない道を分からないまま進んでしまうよりも、自分の目の前に大きな選択肢がある事を自覚して、覚悟を決めて選び取った方が後悔が少ない。
イングリス自身も、前世のイングリス王の人生では、気付かないままいつの間にか英雄として国王として、人々の期待を集め過ぎて、後戻りが出来なくなった口だ。
その経験があるからこそ、今ラティの目の前にある岐路に気が付く事が出来る。
気付いたのならば、それを提示して見せるのが親切と言うもの。ラティは友人だから。
「考える時間はまだあるよ? よく考えて決めてね」
イングリスはラティにそう声をかけてから、ラフィニアの方を向く。
「……怒られちゃう?」
先程ラフィニアは、下らない事を言っていたら怒ると言っていた。
「――すいませんでした」
何故か謝られた。
「いや、別に謝らなくてもいいけど……」
「……本当にイングリスは、思ってもみなかった所から、いきなり鋭い事を言い出すわよね――どういう思考回路なのかしら……」
「そうですわよね。普段は戦いとお食事の事しか考えていないように見えますのに――」
レオーネとリーゼロッテは感心半分、呆れ半分といった様子だ。
意見の内容としては、納得してくれたようではある。
「そうだね。まあ――人生経験かな?」
とイングリスは正直に言ってみるのだが、ラフィニア達には当然意味が分からず、きょとんと首を捻るだけだった。
「……いや、そんなに時間はいらねえ! リックレアに出発しようぜ……!」
ラティは真剣そのものの表情で、そう言い出すのだった。
「――いいの? 後悔しない?」
「ああ……! プラムの事だけじゃねえ。ここの子供達みたいに、飢え死にする住民だって出ちまってるんだ。そういう人達にとっては、状況は待ったなしだろ? リックレアに溜め込んだ食料を奪い返して、配ってやらねえと――」
「うん……それは確かにそうだね」
「それに正直――国を継ぎたくないって思った事もあったんだ。ウチは兄貴がいるんだけど、親父の本当の子じゃなくて養子でさ――若いうちに亡くなっちまった、親父の兄貴の子なんだ。だから、国を継ぐのは俺だってずっと言われてて、けど俺は無印者で、兄貴はそうじゃなくて優秀なんだ。だから俺はいなくなった方が、兄貴が国を継いだ方が、アルカードにはいいのかもって……そう思ってるやつは俺だけじゃなくて、臣下達にも多かったはずだ。ハリムなんかもそうだな。兄貴と仲が良かったし――」
そのあたりの事情は、ラティがいない時に、プラムやイアンが少し話してくれた。
アルカードに潜入するにあたって、必要な情報だろうから、と。
「だけど……お前が言ってくれて、覚悟が固まったぜ。このままリックレアに行って、プラムも、酷い目にあってる住民のみんなも助けて、王にでも何でもなってやる……! そうすれば――」
「そうすれば?」
「あ、いや……それはいいや。忘れてくれ」
「いや、気持ちは教えておいて? その方がみんな、気兼ねなく力を貸せるから――」
「そ、そうか……? その――ハリムがあんな事をしでかした以上……プラムの家の評判が落ちるのは避けられねえだろ?」
「確か、大臣の一家なんだよね?」
「ああ。何代も続いてる名門なんだ。だけど今回の事で……どうなるか分かんねえ。けど俺が王になれば、何かあってもプラムを守ってやれるかなって――」
「なるほど――そうだね。ラティが王様で、プラムが王妃様になれば、誰も文句が言えなくなるかもね――守り方としては最高かも。そういう事?」
「う……王妃様とかそこまでは何つーか……気が早い気がするが――でも、そういう事だ。今までは、何だかんだ言ってもあいつが、無印者の俺を守ってくれてたんだよ。だからこれからは俺があいつを守る……! そんな事で王を継ぐなんて言うなって言われるかもしれないけどさ、でもそれが正直な俺の気持ちだ……! プラムのためなら王にでも何でもなってやる……!」
「ふふふっ。そう……分かった」
何とも青臭い事だ。
だが、それが理由ならそれはそれで構わない。
何も考える事が無いまま、気付けば後戻りできない道を走っていて、なし崩しに王になってしまったイングリス王も大差はない。
どんな理由であれ、その後ちゃんとした王の振る舞いをしていればそれでいい。
ただこの先に後悔をしないように、今自分の意志で決断しておくことが重要なのだ。
それに、ラティの年相応に青臭い決断の理由は、同じく年相応に青臭い少女達の感性には痛くお気に召したようだった。
「いいわね……! じゃあプラムを助けて、その場でプロポーズね! 燃えて来るわ!」
「そうね。私達の手で、幸せにする事が出来る人がいる――凄くやりがいがあるわね」
「後学のために是非見ておきたいですわ……! お二人がお幸せになる所を――!」
ラフィニア達三人の表情がキラキラしている。
「いやなんでそういう話になってんだ……!? 人前でそんな事するわけねえだろ……!」
「いいじゃない見たいんだから! あたし達が全力で力を貸して、きっとプラムを助けてあげるから、ごほうびよ、ごほうび! 女の子のにとっては憧れなんだから……! ねえクリスも見たいわよね?」
「いや、わたしはそこは興味ないから――天恵武姫と戦えるだけで充分ご褒美だし――皆やる気満々だね?」
「ええ――凄くね……!」
「頑張りましょう! リックレアに乗り込んで、必ずプラムさんをお助けしましょう!」
リーゼロッテが、熱く拳を振り上げた。
「「「おーっ!」」」
三人の息はぴったりだった。
実はイングリスとしては、あまりラフィニア達にやる気を出されると、自分が相手する敵の取り分が減るのでちょっと困るのだが――
「やれやれ……俺も無印者じゃなくて、自分に力があれば俺の手でプラムを助けてやるって、格好いい事言えるんだけどな――」
「大丈夫だよ。王になってしまったら、自分の武力なんて関係ないから。王様は王様としての役割を果たせればそれで良くて、武力は必要な役割には入ってないんだよ」
もしそうでなければ――イングリス王は亡くなる間際のあの時、女神アリスティアにあのような願いをしなかっただろう。
そして今思えば――あの時再び男性にと指定していたら、女神は再び男性にしてくれていたのだろうか? そこまで考えが至らずに、何も言わなかったため、騎士団長の娘に生まれついたわけだが――
だがこれはこれで全くもって悪くはなく、むしろ女性として生きる事の良さも知った。 何の後悔も無いし、これからもイングリス・ユークスとしての人生を楽しんで行けるはずだ。
「……王に武力は必要ない、か――確かに親父もそんなに強いわけじゃねえけど……」
「でしょ? だから気にしなくていいと思う。むしろラティが強くて、わたしの出番が無くなったらわたしが困るし」
「いやお前何しに来たんだよ……って聞くまでもねえけど――」
言うまでも無いが、強敵との実戦経験と、アルカードの美味しい郷土料理が目的だ。
結果的にラティやアルカードの国も、カーラリアの国も得をするのだから、その大義名分の影でちょっと楽しむくらい、構わないだろう。
「ふふふ――まあ任せておいて? 悪いようにはしないから」
「――それでいいって割り切れたらいいんだけどな……うちは兄貴が強いからな――」
「そんなに? リックレアに行った後でも、わたしと戦ってくれるかな?」
「や、やめろよな……! それじゃ後で大変な事になってるじゃねえか……!」
「でも、実戦は経験すればするほどいいし――」
ぎゅうううぅぅぅ~~~~!
そこで大きく鳴るイングリスのお腹。
もう空腹は常態化していて、この音も日常の風景の一部かのようになっている。
「……とにかくもう、まずはリックレアだね。戦えるし、きっと食料も溜め込んでいるだろうから、お腹一杯食べられるし――」
「そうよね、クリス――! リックレアを落とせば、ようやくアルカードの美味しい料理も食べられるようになる……! あたし達のお腹のためにも、頑張るのよ……!」
「そうだね、ようやく名物の辛い料理が食べられそうだね」
「楽しみよね……! もー食べて食べて食べまくってやるんだから!」
「ここまで大分我慢して来たしね」
「おいおいあんまり食い過ぎるなよ? それ国の皆から奪ったやつだからな? 返してやらねえとダメだぞ――? おい聞いてんのか……!?」
ともあれ、これで行き先は決まったわけだ。
まずは天恵武姫との戦いに狙いを絞って行く。
その先に美味しい料理と、さらにもっと別の戦いがある事を願って――
「よし、じゃあ早速出発しよう」
イングリス達は急いで準備を整え、リックレアへと出発した。
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