第210話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫15
そして翌朝――
イングリスの目の前に、絶世の、と形容してもまるで差し支えない程の美少女がいた。
寝起きで着替えをする前の、下着に近い薄着。
露出した肌は周囲の寒さに抵抗するように、ほんのりと上気して桜色になっている。
理想的な体の線の艶めかしさと、美しく愛らしい顔立ちと。
それが目を引き付けて離してくれない。色々な角度で見たい。
室内だが、吐く息が白くなる程の寒さだから、早く服を着た方がいいのだが――
「~♪」
つまるところ、久し振りに鏡に映る自分自身の姿を眺めていたら、止まらなくなってしまっていたわけだ。この間借りした部屋に、大きな姿見があったのがいけない。
少し前屈みになって、鏡の中の自分自身を見つめてみたり、後ろ向きに振り返って、背中からお尻にかけての、体の線を確認してみたり。少し大人の楽しみ方である。
どこからどう見ても、お世辞や欲目抜きに、相変わらずイングリスは美しかった。そして大人の女性としての艶めかしさも、既にもう十分に備えている。
改めて思うが、女性の体に生まれ変わるのも全く悪くないものだ。
まず自分自身を見ていて飽きない。そして好きなだけ見ていても怒られない。自分自身なのだから当然である。
そして精神の根幹が男性であるからこそ、女性の美しさの虜になれる。
恐らく自分自身の美しさを楽しむという事にかけては、自分が世界で一番上手いに違いないだろうと思う。
しゅっ!
何かが素早く、イングリスの腋の間を通り抜けて突き出して来た。
滑らかで綺麗な、少女の指先だった。
――それが、がしっと無遠慮にイングリスの胸を鷲掴みにした。
「ひゃっ!? こら、ラニ……! いつもいつも――」
「こっちの台詞よ。いつもいつも鏡の前で夢中になって隙だらけなんだから。こうして下さいって言ってるようなものよね?」
「言ってない……! やめてくすぐったいから……!」
「やっぱ自分に無いものって羨ましいから触りたくなるのよね~。クリスはあたしの従騎士なんだからクリスのものはあたしのものって事で、お触りおっけーよね?」
「おっけーじゃない……!」
「あーでも、寒いから手が冷たいわね~。ちょっとあっためてね♪」
ずぼっ!
ラフィニアはイングリスの胸の谷間に手を突っ込んだのだった。
「ひゃああぁっ!?」
冷たい。とても冷たい。
「ん~。あったかい~。ぷにぷにでふわふわで、リンちゃんの気持ちがわかるわね~。ね、リンちゃん?」
ラフィニアの肩にいたリンちゃんは、ここは自分の場所だと言わんばかりに、イングリスの胸元に潜り込もうとする。
ラフィニアの手とリンちゃんの体が、イングリスの胸元で渋滞を起こしていた。
「ああもう……! どっちかにしてってば――」
騒いでいると、まだ眠っていたレオーネやリーゼロッテも起き出してくる。
プラムの事はラティに任せて、イングリス達四人はこの部屋で休んでいたのだ。
「ふああぁぁぁ……もう、騒がしいですわねえ――」
「朝から賑やかね……何をしてたの?」
「あ、レオーネ助けて……! ほら、わたしよりレオーネの方が立派なんだから、あっちに行って……!」
「よーし、行くぞリンちゃんっ!」
「きゃあぁっ!? ちょっと冷た……くすぐった――んんっ……! ちょっとダメ……! そんな所……!」
「ふう、レオーネの尊い犠牲で助かった……」
と、四人とも着替え前の下着に近いような薄着で騒いでいると――
バァン!
突如、大きな音を立てて部屋の扉が開く。
「お、おい皆大変――だ……っ!?」
ノックもせず入って来たのは、ラティだった。
「「「きゃあああぁぁっ!?」」」
当然、ラフィニア達から悲鳴が上がった。
年頃の少女達からは、これが当然の反応だろう。
「ご、ごめ……ごわっ!?」
イングリスだけは一言も発さずラティに突進し、首を抱え込んで組み伏せていた。
「ラティ――いくら仲間でも、ラニの下着を覗くのはダメだよ? わたし、ビルフォード侯爵様からラニの事頼まれてるから――これは見逃せないよ?」
「いやお前が見えてるから! 近い! 当たってる! と、とにかくすぐ出てくから離してくれ……!」
ラティは慌てて出て行き、イングリス達は着替えを始めるが、ラティは待ちきれないらしく、部屋の外から声をかけて来る。
「なあみんな、プラムとイアンを見なかったか!?」
「いや、見てないよ?」
「プラムとイアン君がどうかしたの?」
「ど、どこにもいねえんだよ……! 二人とも!」
「えぇ……っ!?」
「単にその辺散歩してっるってだけならいいけどさ――でも……」
ラティが口ごもるのは分かる。
イアンは、先日のワイズマル劇団の公演中に起きた、カーリアス国王の暗殺未遂ではこちらと敵対する立場だった。
だが、本人自体は至って善良で、国や人々を思う気持ちが人一倍強い。
イングリスも、決して無警戒では無かったが、ある程度信用していた。
信頼が裏切られたとは、ラティはまだ口に出したくないのだろう。
「悪いけど、探すの手伝ってくれねえか!?」
「大変……! 分かったわ! すぐ行くわね!」
すぐ動き出そうとするラフィニアを、イングリスは慌てて押し止めた。
「ラニちょっと待って! まだ服着てないよ――!」
ラフィニアは上半身が下着のまま、飛び出そうとしていたのだ。
そんな事をされたら、ラフィニアに悪い虫がつかないようにと、常に警戒しているイングリスの努力が無駄になってしまうではないか。
無防備な下着姿を異性の目に晒すなど、許されない。許さない。
イングリスとしては、そこは厳しく取り締まっていく。
「え……? あ、いっけない。急がなきゃって思ったら抜けちゃったわ――!」
「ダメだよ? 下着で外に出るなんてはしたないよ。女の子なんだから、ちゃんと慎みと恥じらいを持って日々の生活をね――伯母様もいつも言ってたでしょ……?」
「……大体、さっき下着姿で男の子の首根っこ掴み倒してた子の言う事じゃないと思うんですけど――?」
「わたしはいいの! あれはラニを守るためだったから!」
「はいはい。こういう事だけはホントに口うるさいわね~クリスは」
「二人とも、何を遊んでるのよ。先に行くわよ!」
いち早く着替えを終えたレオーネが、急いで部屋を飛び出して行く。
「あ、待って……! 急がなきゃ!」
ラフィニアの着替えを待って皆と合流し、街の中を捜索したが――
結局、プラムとイアンの姿は何処にも見つからなかった。
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