第21話 12歳のイングリス9
「では早速、手合わせを始めましょう。お願いします」
イングリスはエリスに向けて踏み出す。
天恵武姫の実力や如何に? 是非戦ってみたかったのだ。
先程の剣は凄まじいものだった。これは、今の自分の力を図る絶好の機会だ。
ラーアルなど待たせておけばいい。
どうせイングリスを手籠めにしたくて、うずうずしているのだ。
少しくらい焦らしてやった方が、彼の中では盛り上がるだろう。
こちらこそ、この機を逃すわけにはいかない――
普通に手合わせを申し込んでも、拒否されるか本気を出して貰えないかという危険が大きい。この状況なら、エリスの本気を引き出せるだろう。
「ば、馬鹿! こんな時に何を考えて……!?」
エリスは焦った。
戦う気などさらさら無く、剣を構えて見せればイングリスは逃げ帰ると確信していた。
それが嬉々として向かってくる。
それも何の魔印も持っていない無印者が?
一体何を考えているのか?
「言い出したのはそちらですが?」
「そうだけど――もう! 知らないから!」
エリスも頭を切り替える。
もうこうなったら、さっと組み伏せて帰らせよう。
この娘はちょっと錯乱しているのだ。
無理もない。こんな少女なのに、好きでもない相手に穢されようとしていたのだ。
平静を保てなくなっていても無理はない。
そう決心すると、身を屈めて地を蹴った。
エリスからすればかなり速度を抑え、イングリスの間合いに滑り込む。
鼻先をかすめる程度に斬撃を見せて驚かせ、その隙に組み伏せる――つもりだった。
しかし――
牽制の斬撃を放った右手――それを逆に捕らえられた。
そんな事が出来る以上、動きが完全に見切られているのだ。
「!?」
「はぁっ!」
イングリスはエリスの腕を取ると、すかさず体をエリスの脇を背負うように入れる。
そして、体のバネを使って投げ飛ばした!
エリスの身体が、物凄い勢いで塀に向かって吹っ飛ぶ。
そのまま激突――と思いきや、流石にエリスの身のこなしも尋常ではない。
吹き飛びながらも姿勢を整え、逆に塀を蹴ってイングリスの方に飛び込んで来た。
「さすがですね!」
イングリスは紙一重で身を逸らし、エリスの斬り込みをかわす。
エリスは土埃を上げながら着地し、すぐに反転して突っ込んでくる。
飛び込んでくる速さ、勢いを殺す柔軟性、反転の機敏さ。
どれを取っても、ユミルの騎士団にはいない歯応えだ。
しかもまだまだ、エリスは全力を出してはいない。
ならば、全力を出させる――!
「どうしてそんなに嬉しそうなのよ……っ!」
エリスの左右の剣が高速で舞うように閃き、イングリスに迫る。
「好きなんです、強い者と戦うのが!」
イングリスも剣を抜き、それを受け、捌く。
「迷惑な性格っ!」
剣と剣が撃ち合わさる度に、夜の闇の中に硬い音が響き火花が瞬く。
激しい剣戟の中で――エリスは戦慄していた。
殆どその場から動かないのだ――イングリスの足が。
動かないまま、エリスの剣を弾き返し続けているのだ。
エリスは二刀、イングリスは一刀、手数では確実にエリスが上回っているはずなのに。
天恵武姫が人の姿である時の能力は、聖騎士に勝るとも劣らない。そして、エリスの得意は双剣だ。剣の技量は人として超一流なのは間違いない。
そのエリスの剣を、イングリスは余裕をもって受け流しているのだ。
尋常ではない剣捌き、見切り、読みである。
いや、それでもおかしい。納得がいかない。
剣の技量がずば抜けていたとしても、技量が身体能力と直接は結び付かないのだ。
エリスの身体能力は、通常の人間を大きく上回っている。
魔印を授かった騎士が魔印武具を振るう時も、そのような効果を発するが、エリスは人の魂を持つ魔印武具、天恵武姫だ。素の身体能力が常人のそれではないのだ。
それを魔印も魔印武具も持っていない人間があしらっているのだ。絶対に何かあるはず。だがそれが、分からない。
天上人のように魔術を使っているという様子もない。
「もっと本気を出して下さい!」
「出してるわよ!」
少なくとも、剣戟と言う意味では。
しかし直後――エリスに勝機が訪れる。
バギィィィン!
イングリスの剣が砕けるようにして折れた。
武器の質の違いだった。
エリスの武器は天恵武姫用の特別製。
イングリスの武器は、地方都市の騎士団で一般に使われる剣だ。
その違いは明らかである。
「!」
「はああぁぁぁぁっ!」
不意に訪れた絶好の好機に、急所を外すのも忘れてエリスは斬り込んでいた。
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