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第209話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫14

「!? な、何――!?」

「今の、プラムの声だったね――」

「何かあったんだわ、行きましょクリス!」

「うん――!」


 イングリスとラフィニアは、雪を食べる手を止めて、声のした方へ向かう。

 それは静まり返った街の一角にある、石造りの教会の建物だった。

 中に入ると誰の姿も無いが、すすり泣くようなプラムの声だけは聞こえて来る。


「プラム……!? どこ!?」

「地下室がありますわ! 入って右手の奥の部屋です!」


 ラフィニアの呼びかけに応じたのは、プラムではなくリーゼロッテの声だった。

 どうやら、こちらより先に駆けつけていたらしい。


 言われた通りに進むと、地下に進む隠し階段の入り口が開いていた。

 薄暗い足元の階段を駆け下りて――そこには既に、レオーネやラティやイアンの姿もあり、イングリスとラフィニア以外は全員揃っていた。

 だが人影は、それだけではなく――


「う……!」

「ああ――ひどい……!」


 何人もの子供達が、身を寄せ合うようにして床に倒れ伏していたのだった。

 皆不自然に痩せこけており、一目に栄養状態が悪かったと分かる。

 そして目立った外傷は無く、つまり全員餓死したのであろうと容易に想像できた。


「多分、天上人(ハイランダー)の襲撃からこの子達を隠したのはいいけど――その後、誰も救助が来なかったんだね……だから、こんな――」


 まだ十にも満たないような子供達だ。街の大人達は必死でこの子達を匿ったのだろう。

 その心は残念ながら――報われることが無かった、という事だ。


「大人の方々の姿は見えませんでしたが……どこに――?」

「多分、リックレアに連れて行かれたか、外に倒れていても、雪に埋もれて……」


 イアンの言葉にイングリスが応じる。

 多分雪を掘り返せば、いくつかの遺体は見つかるだろう。


「リックレアに近づけば近づくほど、どんどん村や街の被害が大きくなっていますわ。このままでは、わたくし達が通って来た村や街も、いずれ――」

「……早くしなきゃ――! こんなこと続けさせちゃダメよ、絶対……!」


 ラフィニアの目に強い決意が宿っていた。


「お、お兄ちゃんが――ハリムお兄ちゃんがこんな事をして――わ、私……皆さんに何て言えばいいか……ご、ごめんなさい――ごめんなさい……!」


 ハリムの妹であるプラムの受けた衝撃は、生半可なものではなかったようだ。

 その場に崩れ落ちてしまい、立ち上がれない様子だった。

 声を震わせ、大きな瞳からはぽろぽろと大粒の涙が零れていた。


「プラム……!」


 ラフィニアが彼女に何か声をかけようとするが――

 それをぐい、と押し止めた者がいた。

 無論、それはイングリスではなく――レオーネだった。

 その目が、私に任せて、と言っているようである。

 ラフィニアを制すると、レオーネはプラムの横に跪いた。


「プラム――辛いのは分かるわ、悲しいのも分かる……自分の家族が――お兄さんがやった事だもの、責任を感じるのよね……? もしかしたら、自分が何か出来たのかもしれないって思えて――でももう、自分には何も出来なくて、どうしようもなくて……」

「ううぅぅぅ……っ! は、はい……わ、私ぃ……私今さらどうしたら――こんな事が起きてしまって……!」


 プラムは嗚咽を漏らしながら、そう声を絞り出していた。


「……気持ちは分かるつもりよ。私も聖騎士だったお兄様が国を捨てて血鉄鎖旅団に走ってから――周りの皆に裏切り者の一族だって言われるようになって……でもただ悲しくて、申し訳なくて、泣いてばかりいたら――気付けば何もかも無くなって、一人ぼっちになってた……でも、そんなの悔しいじゃない……! だから、私は私だって思うようにしたわ。私は私のために、自分の手でお兄様を捕らえて、家の汚名を返上してやるって――あなたもそう、お兄さんがどうだって、あなたはあなたなのよ――!」


 レオーネは熱のこもった瞳でプラムを見据えながら、彼女の震える両肩をぐっと掴み、力強く支えた。


「っく……っく――レ、レオーネちゃん……」

「泣いているだけじゃ何も変わらないし、変えられないわ。泣くのは今日だけにして、明日からは出来る事をしましょう? 一刻も早くこんな事を止めて、これ以上あなたのお兄さんに罪を重ねさせないようにするの。大丈夫よ、あなたはまだ一人ぼっちじゃないから。支えになってくれる人が、側にいるわ」


 と、レオーネが視線を向けたのは、ラティである。


「う……? え……?」

「何をぼさーっとしてるのよ。自分の大切な子がこんなに悲しんでるんだから、側にいて抱き締めてあげなさいよ」

「いやちょっと待て俺はだな……」

「こんな時にごちゃごちゃ言ってないで! 早くする!」


 レオーネがラティにカミナリを落とした。

 彼女がこんな風に声を荒げるのは、かなり珍しい事だ。


「は、はい……!」


 ラティがおずおずと、プラムを抱きしめた。


「だ、大丈夫だからな。お、俺が付いてるから……」

「うわぁぁぁあぁぁんっ! ラティぃぃぃっ……! 私……! 私――! うわあああぁぁぁぁんっ!」


 安心したのか、プラムは大声で泣いて、ラティにしがみついていた。


「ここは任せて、私達はどこか休めそうな場所を探しに行きましょう? 今晩はこの街で泊りよね」


 レオーネはそう言うと、地下室への階段を逆に昇って行く。

 その背中は、いつも姿勢正しくきっちりとしているが、今日はいつもより凛としているようにも映る。歩く足取りも、いつもよりちょっと早足だ。


 少し後ろについて歩いていると、ラフィニアがぼそりと呟く。


「レオーネ、強いわね……迫力あったわ。説得力も」

「……そうですわね」


 リーゼロッテも同意していた。


「あたしだときっとダメだったわ……ずっと苦労知らずだし、兄様はラファ兄様だし、何言ってもあんまり説得力無いもんね――」


 確かにラフィニアの兄ラファエルは、カーラリアに置いて、万人から尊敬を集める聖騎士だ。国の全ての騎士の頂点であると言える。

 性格的にも心優しく品行方正で非の打ち所がなく、そんなラファエルはラフィニアにとって、自慢の兄以外の何物でもない。

 あのハリムと比べてしまうと、それは雲泥の差である。

 ラフィニアには、兄の行いで運命を狂わされる妹の気持ちは決して分からないだろう。

 ラファエルがラフィニアに迷惑をかけた事など一度も無いのだから。


 レオーネの兄レオンは、イングリスから見れば決して悪人ではない一廉の人物だが、自分の一族や妹のレオーネの運命を狂わせてしまったことは事実。

 やはり、プラムの気持ちが一番分かるのはレオーネだろう。


「レオーネと比べたらまだまだ子供なのよね、あたしって……」


 イングリスは、ぽんとラフィニアの頭を撫でる。


「大丈夫。それが分かってるなら、十分ラニも成長してるよ」


 今はまだ、分からないだろうが――

 ある意味最も辛い思いをするのは、|ラフィニアになる可能性もある《・・・・・・・・・・・・・・》。

 ――自分が見ている限りは、ラフィニアを泣かせるようなあらゆる事は叩き潰すつもりだが。


「何をお姉さんぶってるのよ。一番好き放題やって苦労してない人でしょ、クリスは」


 ちょっと拗ねたような、だが微笑んでいるラフィニアだった。


「ふふっ。それはそうだけどね」


 イングリスはラフィニアから逃げる素振りで歩を早め、レオーネに追いついた。

 そして隣をすり抜けざま、取り出したハンカチをそっと、レオーネに握らせる。


「……ありがとう。変な所で気が利くわよね、イングリスは」


 表情は見なかったが、そのレオーネの声は少し震えている。

 自分と比べて大人だとラフィニアは認めていたが、レオーネもまだ十五歳の少女である。

 自分の辛い過去の記憶を人に吐露すれば、当時の事を思い出して、感情が昂りもするだろう。今のプラムに深く同情し、励ますためとは言え、触れたくも無い傷を自ら抉って見せたのだ。

 励ます側の自分が涙を見せては、と必死に我慢していたのだろう。


「どういたしまして。ほら、ラニ。わたし達はあっちを探そう。行くよ」

「あ、待ってよクリス~!」


 その日の夜はレオーネの提案通り、街の空き家に間借りして一晩を過ごした。

ここまで読んで下さりありがとうございます!


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