第207話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫12
ツィーラの街での遭遇戦の後、イングリス達は街を出て北へと向かった。
急いで移動をしつつ、リックレア方面か王都方面か、どちらを優先するかを検討するという、皆で打ち合わせた通りの行動である。
道中の街で情報収集をすれば、分岐点でどちらに向かうかを判断する材料にもなる。
五日後――イングリス達はその分岐点と目される街に到達していた。
だが、どうにも様子がおかしい。
機甲親鳥からの遠見だが、異様な静けさなのだ。
人が動いている姿が全く見えなかった。
何かしらの異変の気配を感じて、イングリス達は急いで様子を見る事にした。
機甲親鳥を付近に隠してから向かう事はせず、直接街に乗り付けたのだ。
ぐぎゅうううぅぅぅ~~~~! ぐぎゅうううぅぅぅ~~~~!
機甲親鳥を降りると、イングリスとラフィニアのお腹が盛大に鳴った。二人とも、とてもお腹を空かせていたのである。
「ふう……」
「はあ……」
二人揃って、お腹をさすってため息を吐く。
「す、凄い音したわね……二人とも大丈夫?」
「ちょっとはしたないですわねえ……」
「やれやれ、緊張感が削がれちまうわなあ」
「で、でもイングリスちゃんとラフィニアちゃんが我慢してくれてるおかげで――」
「そうですよ、皆さん。おかげで多くの方々が、糊口を凌ぐ事が出来たかと思います。ですから、これは聞かなかった事にしておきましょう――」
イアンが上手く皆を誘導した側から――
ぐぎゅうううぅぅぅ~~~~! ぐぎゅうううぅぅぅ~~~~!
「でもさ、イアン。気にするなって言っても、ずっとこれじゃなあ――」
「「「ははは……」」」
皆が乾いた笑みを浮かべる。
「……確かにこれでもわたし達も貴族の娘だし――それにしては、ちょっとはしたないかも知れないね?」
「仕方ないわ、これでいいのよ。あたし達は何も間違ってないわ……!」
ラフィニアはきっぱりとそう言い切る。
何がどうなってこんなにお腹を空かせているかと言うと、ここに至るまでに立ち寄った街や村の様子のせいだ。
どこもツィーラの街と同じ、いやそれ以上に無茶な食料の徴発を受けて、住民達が飢餓状態に陥っていたのだ。
それを見て見ぬふりをしないラフィニアは、行く先々で食料を分け与えた。
そうすると、自分達用に過剰なまでに大量に用意して来た兵糧も底を尽きかけ、今のような常時空腹状態に陥っているのだった。
孫娘のように可愛いラフィニアのする事であるし、していること自体も立派な事なので、イングリスも無論付き合うのだが――これがなかなかに辛いのである。
「貴族の娘としてより、人としてよ。あたし達が助けなきゃ、あの人達はどうなってたのよ? あたしは少しも恥ずかしくないわよ。正しい事をした結果だもの」
ぎゅ~ぐぐ~~!
お腹を鳴らしながら、ラフィニアは胸を張る。
「ラニ――」
こういう時のラフィニアは頑固だ。自分の中に確固たる芯があり、自分の正義感や信念を決して曲げようとしない。
それは騎士や人々を導く領主の一族として、必要なものだろう。
普段から品行方正な兄のラファエルと、普段はだらしのないところもあり、イングリスに甘えもするラフィニアだが、二人の根底にあるものは同じだ。よく似ている。
「ほら、お腹が鳴るのが嫌なら、これ食べましょ。少しは誤魔化しが効くわよ? はいほらお砂糖」
「また雪を食べるの――? 仕方ない……お腹に溜まらないけど――」
そこらにいくらでもある雪の綺麗な部分に、砂糖を振りかけ、口に運んだ。
「仕方ないでしょ? これならいくらでもあるんだから――」
「まあ、そうなんだけど――」
「と、とりあえずイングリス達はそこにいて? 私達は先に街の様子を見て来るから」
レオーネ達はイングリス達を置いて、先に街に入って行く。
イングリス達はそれを見送りながら、雪を口に運ぶ――
砂糖のおかげで甘くはあり、デザートのようではあるが、やはり食べ応えは無い。
「……ねえラニ。最悪、魔石獣を捕まえて食べようか?」
「――非常食としては考えなきゃいけないかもね……でも、あんまり虹の雨を見ないわよね、この辺りって」
「そうだね――」
元々、アルカードは土地柄として虹の雨の降雨量が少なく、必然的に魔石獣の被害も少ない傾向にあった。
そこに虹の王らしき魔石獣が現れ、リックレアの街を滅ぼしてしまった。虹の雨も当然増えていると思われるのだが――
「カーラリアの領内だったら、機甲親鳥で空から見たら、虹の雨なんてすぐ見つかるのにね?」
確かにラフィニアの言う通りではある。
機甲親鳥でアルカード領内を移動していても、遠くの空に虹の雨らしきものの影すら見る事が無かった。
「そうだよね。偶然なのか、虹の雨が増えたって言っても、カーラリアに比べればまだまだ大した事がないくらいなのか……ちょっと分からないね」
「出て来て欲しい時に出てこないんだから、ったく――とりあえず雪しかないわよ。雪だけはあたし達を裏切らないわ!」
「はぁ――仕方ない。味も飽きるから、ちょっとお砂糖じゃなくて塩を試してみようかなあ……」
「あ、じゃああたしも――」
塩を振りかけて雪を口に運ぶと、当然だが塩の味がした。しょっぱい。
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