第205話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫10
「う――ぐ……!」
先程、気配も感じさせずにハリムを締め上げたのは、見間違いでも、偶然でもない。
しかし――ハリムにも、策がある。
「どうしました、ハリムさん? あなたでも部下の方でも構いませんので、早く加勢をどうぞ」
「――いや、その必要はない」
言うハリムの表情に先程の驚きや焦りは無く――
すっかり余裕の、冷笑を浮かべていた。
そして、ぱちんと一つ、指を弾く。
カッッッ――――――!
イングリスが捻じり上げていた、二機の機甲鳥――その操縦桿を握っていた敵兵の体が、急激に眩しい光に包まれる。
「……!?」
これは――この魔素の急激な膨張は――!
しかも敵兵から発せられたそれが機甲鳥に伝わると、さらに一段と魔素の暴走が加速し――
「くっ――!」
イングリスは慌てて強く地を蹴る。
機甲鳥を二機抱えたまま、周囲の建物の屋根の上あたりまで飛び上がった所で――
ドゴウウウゥゥゥンッッッ!
敵兵は乗っていた機甲鳥はごと、巨大な爆発を起こしたのだった。
それを察知したイングリスは、ラフィニア達や建物を巻き込まないように、咄嗟に上に飛んだのである。
「クリスっ!?」
「イングリス!」
「イングリスさんっ!?」
ラフィニア達の悲鳴が響く。
至近距離の爆発にイングリスの体は大きく弾き飛ばされ、部屋を借りた宿の壁にぶつかり、そのまま突き破って室内に落下した。
「ハハハハハ! 咄嗟の反応は大したものだ――! だが、甘いのだよ! 周りを庇おうとしたばかりに、命を失う事になってしまったようだな!?」
ハリムが会心の笑みを浮かべている。
なるほど、はじめから狙いはあの自爆攻撃だったようだ。
であれば、敵の自爆覚悟のような前のめりな突撃も頷ける。
何せ本当に自爆を覚悟していたのだから――
ハリムの指示で自由に自爆させられるのだろう。
元々は反逆を防ぐための仕組みなのかもしれないが――
それを攻撃手段に転用したわけだ。
しかも恐らく、天上領の機甲鳥に存在する、攻撃の魔術を増幅して撃ち出す攻撃機構とも併用する事で、威力を爆発的に高めている。
そしてこれを天上人の魔術による異空間でやらないのは、周囲の建物や人を、人質に取るため。
もしあの敵の初撃をイングリスが避けていたら、敵はその場で爆発し、周囲に被害が出た。それを見せられると、二発目からは避け辛くなる――という事だ。
これは、異空間ではできない戦法だ。
つまりハリムは手を抜いたのでも、様子見をしたのでもなく、最初から全力で攻撃をしてきたのだ。
――中々に非道で、イングリスとしても敵が自爆していなくなってしまうので、何も楽しめない戦法だが。
だが――戦術としては中々のものだ。
「お、お嬢ちゃん――!? あああ……こんな事になるなんて――! ごめんよ……! ごめんよ――!」
宿の女将が、破壊された部屋に慌てて飛び込んで来た。
彼女が倒れたイングリスに駆け寄って、涙を浮かべる前で――
ひょこん。とイングリスは身を起こした。
「ええぇぇぇぇっ!?」
「あ、女将さん。済みません、部屋を壊してしまって……」
ぺこり。と頭を下げるイングリス。
「い、いやそれはいいんだけど――ちょ、ちょっと待ちなよあんた……! 隠れて見てたけど、す、凄い爆発して凄い音してたよ……? あんなの無事で済むわけない。何でそんなにピンピンしてるんだい……!?」
「まあ、それなりに鍛えていますので――」
ぽんぽん、と服についてしまった埃を落としつつ、イングリスは微笑で応じる。
爆発の寸前、霊素殻を発動して身を覆ったのだ。
霊素の防壁は、あの程度の爆発では貫く事など出来ない。
ただ、踏ん張りの効かない空中で至近距離で爆風を浴びたため、体が弾かれてしまうのはどうしようもなかったが。
「よ、よくもクリスを……! あんな汚い手を使って――!」
外から聞こえるラフィニアの声が、怒りに震えている。
「あ、まずい――すみません女将さん、お詫びは後で……とうっ!」
イングリスは元気に、穴の開いた部屋から外に飛び出す。
「待って、ラニ――!」
空中で宙返りを交えて姿勢を制御。
ラフィニア達とハリムの睨み合う中間へと舞い戻った。
すたんと着地を決めると、後ろから痛い位に抱き着かれた。
「クリス……! だ、大丈夫!? 怪我は……!?」
「全然無いよ? 大丈夫大丈夫、わたしは平気だから」
「ホントに――? ここは……!?」
「ひゃ……っ!? い、今そんなところ触らなくていいでしょ――!?」
「だってホントに無傷なんだもん……! 心配して損したわよ、ちょっとくらい怪我して痛い目にあったらいいのに――怪我なら治してあげるし」
「えぇ……? そんな――」
「だってそしたら、クリスも無茶ばっかりできなくなるでしょ? いっつも心配させるんだから――」
「あはは、ごめんごめん。びっくりさせちゃったね。わたしもちょっと予想外の攻撃だったから――」
まさかいきなり部下を自爆特攻に使うとは、中々に非道な作戦だった。
「ホントよ! いきなりあんな、人を人とも思わないような……! プラムには悪いけど、ロクなものじゃないわね……! 天上人って本当に腹の立つ奴が多いわ……!」
「戦術としては有効だったけど――実際今、虚を突かれたし……でも、あんな勿体ない戦術、ラニの言う通り感心はしないね」
イングリスが目線を向けると、ハリムは驚きを隠せない様子だった。
「馬鹿な――アレが無傷だと……!? いや、だが直接傷がつけられぬのならば――」
また何か、企んでいるのだろうか。
まだ戦意を失っていない様子なのは、結構な事ではあるが――
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