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第204話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫9

「…………」


 ハリムはすぐには動き出さない。どういう手を打つか、思案している様子だ。

 ――だが、どのような手で来るかは、大方読めている。

 天上人(ハイランダー)が扱う、異空間への転移の魔術だ。


 レオーネの黒い大剣の魔印武具(アーティファクト)の効果に似てはいるが、単に異空間を生み出しそこへの退避や隔離を行う奇蹟(ギフト)に比べて、天上人(ハイランダー)のそれは更に上位の効果がある。

 異空間内に満ちる粒子が魔素(マナ)の動きを阻害し、魔印武具(アーティファクト)を無力化するのだ。


 このような力を持っているからこそ、天上人(ハイランダー)は地上に魔印武具(アーティファクト)をばら撒いても平気なのだろう。

 もしその力で地上の騎士が手向かって来たとしても、異空間に引きずり込めばそれを無力化し、返り討ちにする事が出来るわけだ。


 生まれつきの天上人(ハイランダー)ではなかったラーアルの父ファルスも、その魔術を使って来た。恐らく、ハリムも使えるはずだ。

 天上人(ハイランダー)にとっては切り札とも言えるような魔術だろうが、こちらの力を感じたハリムは、それをいきなり使って来ても可笑しくない。


 それはそれで構わない。異空間ならば、周囲の建物への被害を気にせずに戦える。

 ラフィニア達の魔印武具(アーティファクト)は機能しなくなるため、敵を独り占めできるというのもある。

 さあ、早く異空間に引き摺り込んでくれ――全員、自分が戦わせて貰う。


 イングリスは期待を込めてハリムを見ていたが――しかし。


「……行けっ!」


 ハリムはサッと手を振り、連れていた部下に向けて指示をする。

 様子見のつもりか、それともまだ侮っているのか――

 それも構わない。その分長く戦いを楽しめるとも言える。


 ハリムの連れている部下は、顔全てを覆う兜で表情の読めない兵士達だった。

 以前イングリス達の故郷ユミルにやって来た天上人(ハイランダー)のラーアルが連れていた、奴隷の大男と同じような雰囲気だ。彼等も天上人(ハイランダー)の護身用奴隷のような存在なのだろうか。


 ともあれ物言わぬ兵士が二人、ハリムの指令に応じて機甲鳥(フライギア)の船首をこちらに向けた。


 ジャキィン!


 機甲鳥(フライギア)の船体前面に、いくつもの太い鉄の棘がせり出す。

 突撃用の衝角といった所か。


「なるほど――中々凶悪な武器ですね」


 機甲鳥(フライギア)の速力と重量を利用した突撃で、標的を串刺しにするわけだ。

 こんなもの、何の力も無い人々が受けたら、ひとたまりも無い。

 ハリムたちはこれで、各地を蹂躙していたのだろう。

 機甲鳥(フライギア)から生えた棘は、こびりついて乾いた血で赤く薄汚れていた。


「血で汚れてる……! きっとあれで、罪も無い人達を何人も――許せない……!」

「ええ――! その通りだわ……! 見つかって、逆に良かったわね……!」

「ですわね……! これ以上あれに人を傷つけさせず、止める事が出来ますもの」


 ラフィニア、レオーネ、リーゼロッテの三人がいきり立っている。

 三人とも正義感が強く、心優しい。力を持たない人々が虐げられているのを黙って見ていられるような少女達ではない。


 それは悪い事ではない。若さゆえに無謀な行動に出たり、判断を誤って失敗をする事もあるかも知れないが――根底にはそういった性根を持ち続けていないと、いい騎士にはなれない。人々を護り、導く事など出来ない。

 だから、今世のイングリス・ユークスとしてはあえて理解を放棄する感情だが、ラフィニア達が縁も所縁もない他国の住民達のために怒っている事は尊ぶべきことだ。


 しかし――今あまりラフィニア達にやる気を出されると、イングリスとしてはちょっと都合が悪い。もちろん、相手できる敵の数が減るからだ。

 今からでも異空間の展開に切り替えて頂けると、敵を独り占め出来ていいのだが――


 ブイィィィィィン!


 しかしイングリスの願いは叶わず、敵の機甲鳥(フライギア)の動力部が、唸りを上げた。全速力の猛烈な加速をつけて、真っ直ぐこちらへと突っ込んでくる。

 機甲鳥(フライギア)の高速と質量を活かした、突撃攻撃。

 余りにも前のめりな姿勢は、もし避けられたら確実に地面か建物に突っ込んでしまうであろう、捨て身の勢いだった。


「……!? あんなの避けられたら自爆するわよ!」

「ラニ、みんな、下がって!」


 イングリスの呼びかけに散開するラフィニア達。

 そしてイングリス自身は、動かずその場に止まった。


 ――これで狙われるのは自分だけ。つまり、独り占めの状況だった。

 敵の無茶とも思えるような動きに感謝をしよう。


 そしてその、避けられたら自滅する程の捨て身の突進は――

 イングリスを相手にするには、実に正しい攻撃だと言える。


 何故なら、敵の攻撃を避けるつもりなど、イングリスには毛頭無いのだから。

 ――敵の攻撃は、正面から受け止めるものだ!


「はあぁぁぁっ!」


 がしいぃぃっ!


 イングリスは目の前に迫る機甲鳥(フライギア)の衝角に手を伸ばし、真っ向から受け止めた。左右の手で一機ずつ、完全に動きを止めて捕まえた。


 ブイイイィィィィィィィンッ!


 無理やり機動を止められた機甲鳥(フライギア)は、まるで悲鳴のように、一段と高い駆動音を響かせる。


「中々の手応えです……! 悪くありません――」


 霊素殻(エーテルシェル)を使用しない素の肉体には、丁度いい負荷だ。

 もう二、三機追加で突っ込んで来て頂けると、もっといい訓練になるだろう。

 幸い上にはまだ多数の機甲鳥(フライギア)がいる。

 あれを呼び込んで、皆で力比べというのも悪くない。


「馬鹿な……!? そ、その細身の何処にそんな腕力が……!? まるでティファニエ様のようだ……!」


 その光景に、ハリムは驚きを隠せない様子である。


「ですが、やはり二機では足りませんね……!」


 イングリスが更に力を込めると、二機の機甲鳥(フライギア)は完全にお尻を真上に持ち上げられ、身動きを封じられる。


 ギャガガガガガガガガガガガッ!


 どこかがおかしくなったのか、機体から異様な音が響き始める。


「さあ皆さんも遠慮なく、加勢なさって下さい? わたしは多勢に無勢を卑怯などと、無粋な事は言いませんので――戦いは相手が多ければ多い程、いいものですよね?」


 イングリスはたおやかな淑女の微笑を添えて、敵兵達を促す。


 これがダンスや食事の誘いなら、絶世の美女からのお誘いに誰もが喜ぶ所なのだが――

 高性能の機甲鳥(フライギア)を力任せに捻じ伏せながらだと、また趣が違う。

 事実、ハリムの目に映るイングリスは、その見た目の美しさが故に、逆に何か底知れぬ恐ろしさを感じさせるのだった。

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