第203話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫8
このハリムというプラムの兄の話を聞くに、天恵武姫のティファニエは、住民達から略奪をするのは勿論、自分の手駒となるべき者には天上人としての力を与えているようだ。
更にそれだけでなく、どうやら色仕掛けまでして、心まで篭絡している様子も見受けられる。エリスやリップル、システィア達の他の天恵武姫とはまるで違う行動である。
彼女達は選んだ者を天上人にする権利など持っていない。
天上領から遣わされた存在ではあるが、特にエリスとリップルは地上の国と人々を護る事を使命として考え、真摯に取り組んでくれている。
色仕掛けで自らの手駒を増やそうなどという発想は持っていない。
もし持っていたら――エリスやリップルのあの美しさと実力ならば、きっと国は大変な事になっていただろう。
ともあれ、ティファニエは天恵武姫としては異質に思える。
異質な実権、異質な性向を持っているのならば――
これまでとは違った戦いもまた、期待できるかもしれない。
それを楽しみとして――ひとまずは目の前の戦いだ。
イアンの説得は効果が無く、戦いは避けられそうにない。
「後はわたしに任せて下さい。むしろせっかく敵地に来たのですから、こうでないと張り合いが無いと言うものです。ふふふ――」
天恵武姫と戦う前哨戦として、丁度いい準備運動だ。
「いや、あの……そんなに嬉しそうにされても――あの、改めて言っておきますが、ハリム様はプラムちゃんの兄君ですし、御大臣の御子息ですので……お願いですから、お命だけは――」
「勿論です。強者とは何度戦ってもいいですから。一度で倒してしまうのは勿体ない。生きていれば、再戦する事も出来ます」
「……いや、ええと――同意して頂けるのは有り難いんですが、何だか理由がおかしい気がするんですが……? だ、大丈夫でしょうか……?」
不安そうな顔をするイアンに、横からラフィニアが力強く頷いた。
「大丈夫よ、イアン君。クリスはそれが普通だから」
「えぇ……!? カーラリアの騎士って、それでいいんですか……!?」
「良くは無いけど、クリスはクリスだから仕方ないのよ。毒を以て毒を制すってやつ?」
「は、はぁ……?」
「失礼な。大丈夫だよ、結果的には悪いようにはしないから。途中でわたしもちょっと楽しませてもらうだけだよ?」
「だといいけど。とりあえず、王都の大劇場みたいに、街を壊さないでよ? 皆隠れてるんだからね」
「うん。分かってる」
頷いて、イングリスは更に前に進み出る。
その後方に、ラフィニアとレオーネとリーゼロッテが散開をした。
それを見たハリムは、小馬鹿にしたような冷笑を浮かべる。
「フフ――無印者が何の冗談かな?」
「いえ、冗談ではありません。この街もわたし達の物資も好きにさせるわけには行きませんので、抵抗させて頂きます」
「はははは……! 向かってくる以上容赦はできないが――? 本当にいいのかな?」
「ありがとうございます。そうして頂けると助かります」
「やれやれ、見た目だけはティファニエ様にも劣らぬ程なのに――本当に気でも触れているらしいな……? だがそういう者にも使い道はある――他の天上人に慰み物としてくれてやろう。奴らが気を取られている間に、私はティファニエ様との一時を過ごさせて頂くことにしよう」
「どうぞご自由になさって下さい。ただしわたしを倒せたら――ですが」
「ハッハハハハ! 無印者など、むしろ殺さぬように手加減するのが一苦労だよ! 後の騎士達も捕らえて、同じく慰み物――だっっっ!?」
高笑いしていたハリムの言葉が、途中で途切れる。
一瞬にして機甲鳥に乗るハリムにまで接近したイングリスが、首元を掴み上げていたのだ。
霊素殻を発動した高速移動に、ハリムは全く反応できなかった様子である。
「ぐぅ……!? な、何だ、と……!?」
「わたしには何を言っても構いませんが――ラニにおかしな事を言うのは止めて頂けますか? 健全な心身の成長に支障を来たしかねませんので」
実際ラフィニアは、ハリムの言葉に「最低……!」と吐き捨て、嫌悪感を露にした表情をしている。レオーネやリーゼロッテも同じようなもの。
隠れて聞いているプラムも嫌だろう。黙らせておいた方がいい。
「が……はっ……! この力、膨大な魔素は――!? な、何者だ……!?」
苦しそうに呻きながら、ハリムは言葉を絞り出す。
今のイングリスは、以前エリスに見せた時と同じく、身に纏う霊素を魔素に変換していた。
魔素を認識する感性がある者に対する、力の可視化である。
天上人となったハリムはイングリスの意図通りそれを感じ取り、驚愕している様子だ。
これで油断無く、全力で向かって来てくれるだろう。
やはり戦いは、相手に持ち得る限りの全力を発揮してもらい、それを受け止めて勝つのがいい。それが最も、自分自身が成長できる道なのである。
「ただの従騎士ですよ? 戦場に立てばただの一兵卒ですので、一切の遠慮も情けも不要です。油断をせず、全力で攻撃をお願いしますね?」
イングリスはそう念押しすると、ハリムの首元を掴んだ手を放し、機甲鳥から飛び降りる。
空中でくるりと一回転し、すたんと軽い音で地面に降り立つ。
「ではどうぞ――お願いします」
軽く身構え、笑顔で手招き。
ハリムの顔から先程のような油断と嘲笑は消え、鋭い視線がこちらを見下ろして来る。
どうやら真剣になってくれたようだ。
久しぶりの実戦、戦場――待ちかねた。せっかくのこの遭遇戦、楽しませて貰おう。
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